右目と道中

景綱さんの住まいまでは少し距離があるらしい。今日一日この人には、随分世話になってしまった。半歩と少しの距離間を保って歩くのにも慣れてきた。
先ほどのような野菜は色々な所を旅してきたが見たことが無いだの、うちには一人姉がいてお前を見たらはしゃぐかもしれない、だのと日中よりもお互い少し砕けた会話をした。そんな時である、景綱さんはふと、思い出したように言った。

「そういえば、お前のような年頃の女が一人旅とは珍しいな。」

ちら、と景綱さんの顔を伺う。
いつか誰かに訊かれるかもしれない、と思っていた質問をされた。そこには、純粋な心配と少しの怪しみの意味が込められているように感じた、実際はどうかわからないが。私は、予め考えていた答えを言うだけだ。

「ええ、故郷の方で色々と有りまして、到底戻れるような状態では無いのです。もう大分前の事になるのですが…。しかし、有難いことに私を拾ってくださった方が居りまして、私の方も其処での生活に、なれてきましたので、その方が、もっと世間を知るという意味を込めて送り出してくれました。」

訊かれてはいないが、ざっくりと旅の背景を答える。流石にこの状況で相手が気になる事柄くらいは分かる。しかし、どうしたものか。嘘を付くのは苦手だ、どうにも緊張して言葉がぎこちなく詰まってしまう。だから、私は敢えてできる限りの真実を話す。伝えられない内容を大幅に省いて。そうだ、これは決して嘘では、ない。

「そう、か。言い辛いことを聞いちまったな、悪い。」
「いえ、なれているので、平気です。」

景綱さんは何かを察っしたかのように、神妙に頷いた。それに私は、ややぎこちなく返事をするのだった。
少し場の空気が固くなってしまったところで、今度は私が彼に質問した。

「あの、ところで景綱さん。先程から思っていたのですが。」
「なんだ。」
「この道、このまま引き返さなければお城の真下、ですよね。」
「、ああ、そうだ。」
「あまり詳しくは知りませんが、お武家様の、伊達政宗公の家臣の、お屋敷が集まっているとか。」
「.........その、通りだ。」
「景綱さんて、あ、いや、景綱様とお呼びするべきか。今まで気付かぬうちにとんだご無礼を。」

おどけたように言うと、景綱さんは顔を引攣らせた後、疲れたように息を大きく吐いた。
私の方を見ないまま、景綱さんは言った。

「別に騙そうとしてた訳では無くてだな…。ただ、切っ掛けを掴みあぐねていたというか、名乗った時はこうなるとは思っていなかったからで、だな…。」

なんと歯切れの悪いことだろう。こちらとしては、やや初めから察しはついていたというのに。私ばかり情けない姿を晒していたため、参ったような表情の彼に楽しくなった。

「ふふ、私は何とも思っておりませんよ、お侍様。」
「…あまり、からかうな。」

今までの呼び方にしてくれ、と呆れたように景綱さんは言った。わかりました、と頷く。
ちょうど武家屋敷が見えてきた。


ふと空を見上げると月がすっかりのぼっていた。
これで、隠し事があるのは私のみだ。



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