忍びが訊く


「な、何か手伝えることはないかと思って来たのですが。」

どうでしょう、と言って苦笑いする。
台所には既に美味しそうに盛り付けられた料理の数々、私の出る幕が後どれ程残っている言うのか。

「お前は客人なんだ、気遣いは不要だぜ。」
「いえ、何かさせて下さい。せめて運ぶくらいのことは。」

私が食い気味に言うと、景綱さんはやや意外そうにして頷いた。

「其処まで言うなら頼むが…、まだ米が炊けてなくてな、少し待ってくれるか。」
「勿論です、此処で待たせてもらいます。」

「小十郎殿、なのですね。」

彼の顔見ないまま呟く。今此処で怪しまれては話しにならない。しかし、片倉小十郎を知らないふりをして何処まで情報を得られるかわからない。そもそも、彼は少しでも自軍の話をしてくれるだろうか。
これは、駆け引きが下手な私なりの賭けである。

「姉君殿が言っていたのを聞いて驚きました。まさか、此処までお偉い方だったとは…。」
「それは…、俺がそうは見えねぇってことか?」
「えっ、あ、いや、そうではなく、旅で聞いた噂と随分違ったというか…。」
「俺の噂、ねぇ。」

碌なもんじゃないだろうな、と苦く笑う景綱さん。早速しどろもどろしてしまったが、まあ、そんなに悪くはない展開だろう。無意識に力の入っていた拳を緩める。

「そんな事ありません、伊達一番の忠臣だと聞きました。ただ、その、敵に一番容赦が無いとも聞いたもので…、もっと怖い人だとばかり。」

噂を鵜呑みにしてはいけませんね、と笑う。
これは、実際の私の感想である。竜の右目は、景綱さんは、優しい人だ。

「…お前の目に俺がどう映っているのかは知らねぇが。強ち間違ってねえな、その噂。」
「え、…それはどちらの?」
「さあ、」

どっちだかな、と言って米の炊き具合を確認する景綱さん。釜の蓋を開け、白い湯気に包まれた彼の顔はよく見えない。仄かに米の甘い香りが漂う。

「運ぶの、手伝ってくれるか。」


「あら、戻ってきた。」
「あ、先ほどはお恥ずかしいところを…。」
「…姉上、一体何をしたのです…。」

女子同士の話です。オホホと笑うこの方に肩の力が抜ける。景綱さんは少し顔を顰めた。
御膳を置く。用意された席に腰を下ろす。誰かと食事を共にするのは久しぶりだった。姉君殿にどうぞと勧められ、いただきます、と手を合わせた。

「美味しい…。」
「ふふ、そうでしょう。小十郎殿張り切っていらしたもの。」
「…当然です。俺の作った料理で気を失ったままにはして置けませぬ。」

やはり気にしていたのか、と景綱さんを見遣る。彼の熱意は野菜作りに向けられていると思っていたのだが、料理もその延長線上にあるようだ。

「あれは、景綱さんの料理の所為ではなくて、恐らくはあの野菜のせいかと…。」
「いや、野菜に罪はねぇ…。」

やはり野菜か。
姉君殿は、悔いるように俯く景綱さんを見て呆れたように肩を竦めた。



景綱さんの料理に舌鼓をうちながら食べ終えた。料理に使った野菜は全てが彼の手作りだと言うのだから驚きだ。後片付けは私がしましょう、と姉君殿が腰を上げる。私も、と立とうとすると肩を軽く押さえられ、小十郎殿に酌でもしてあげて下さい、と耳元で囁かれる。素早い動きであった。
姉君殿が出て行くのをなんとも言えない目で見ていると景綱さんに謝られた。

「姉上はああいうお人だ…。」
「いえ、良い姉君だと思います。」

景綱さんのこと心配していたのは、とてもよく伝わった。茶目っ気が強いが、優しいお人なのだろう。 そういった事を言うと、景綱さんは照れ臭そうにしてお酒をぐいっと煽った。

「お前は諸国を巡っているんだったな。」

夜は更けたが寝るにはまだ早い刻。ちびちびとお酒を頂く。奥州の酒は中々きついと思っていると、景綱さんに旅の話でも聞かせてくれないか、と言われた。さて、どんな話をするべきか。

「お酒の肴になるかは分かりませんが、それで良ければ。」

様々なお国に足を運ぶと、自然と人との出会いも増えるもので、お百姓、商人、芸人、兵士、様々な方とお話しました。旅に出るまでは関わったことのないような人が大勢いらっしゃった。それまでの私が如何に無知であったか思い知らされました。しかし、まだ足りない。世の中は、私の知らないことで溢れていると知ったのです。

「だから、貴方の話も聞いてみたい。」
「俺の?」

「武士とは一体なんなのでしょう。」





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