右目と晩酌


「武士とは、か。それはまた難しい質問だな。」
「ええ、いくら考えても正しい答えは分かりません。人それぞれでしょうから。」

私情がほとんどを占めているこの質問は、私の愚かさの現れだ。忍びとしてもっと他に訊かねばならない事が有るはずなのに、余計な事ばかりしてしまう。
目の前の男が忠臣と噂される方だと分かってから、私の気持ちは気付かないうちに少し逸っているようだった。

「景綱さんは伊達政宗公にお仕えしているのでしょう、私は、忠臣と謳われる貴方の武士としての生き方を知りたい。」

景綱さんの酒を飲む手はとうに止まっていた。不躾なことを聞いている自覚はある。こんな事、出逢ったばかりの人間に軽く答えられるような部類ではない。しかし、この人なら答えてくれる気がした。

「……やけに武士に思入れがあるようだな。」
「、ええ。すこし思うところがありまして。」

是非お聞きしたいのです、と食い下がると、
景綱さんは銚子に酒を並々注ぎ込み、一気に飲んだ。そしてフゥと息を吐いた。

「……景綱さん?」
「酒の席の話だ、そう堅くならなくていい。」
「......ありがとうございます。」

わざわざ、きつい部類に入るこのお酒を飲んでから告げる彼は、もしかしたら、そう器用な人でも無いのかもしれない。
景綱さんは此方を真っ直ぐ見た。目が合う。

「俺は政宗様をお支えしお守りするためにある。その為なら死ぬ事も厭わねぇ。」
「それが、貴方の生き方…。」

余りにも簡潔で、模範的な答えだ。その通りに出来る人が、この世にはどれだけいるのだろう。血の巡りが早まるのがわかる。はっきりとした口調で言う彼に、拳を握り締める力が増す。ぎりりと音がした。

「では、もし、先に主君が死んでしまったら?」

一瞬鋭い目を向けられる。どきりと心臓が脈打つ。思わず逸らしたくなる目を必死に合わせた。

「あの方が居られぬ世に俺の生きる場所はねぇ。」

それだけだ、と言って景綱さんは目を伏せた。
覚悟を持った目というのは、こんなにも眩しいものなのか。淀みない瞳で、声で、断言出来る彼に言い様の無い苦しさが募った。震えそうになる息を呑み込んで、目を、彼から逸らした。

「まさに、音に聞く忠臣、ですね。」

取って付けたような私の言葉の、なんと弱い事だろう。
徳利に残った僅かなお酒を飲んだ後、夜も更けてきたと言う事でお開きになった。食事と話のお礼を言い、用意された客間へ行った。布団が既に準備されていた。私と景綱さんが晩酌している間、姉君殿に働かせてしまったようだ。明日、礼を言わねば。

慣れない地のお酒を、思っていたより多く飲んでしまったからだろうか。少し体が火照っていた。深く息を吐く、と体の疲労とは別の言葉に表現し辛い疲れを感じた。目を閉じると、あの鋭い目の光が目蓋の裏にちらついた。
このまま寝てしまおうとする私は、やはり出来た忍びとは言えない。


ALICE+