怪教徒の兆し

束の間の休暇、という名の修行から清々しい気分で戻って来た私は、仕事に勤しんでいるであろう秀秋様を労わるべく、握り飯を幾つか作って仕事部屋へ向かった。もしも秀秋様が怠けていたら、自分で食そう。

疲労回復には握り飯が一番だ、というのは戦に出る者ならば常識だろう。
城の何処かしらに備わっている握り飯は、私も含めた、城の者達が工夫を凝らし一所懸命作っているものだ。
握り飯を上手く作るのは最早一端の小早川の者ならば必須、と此処に仕え始めた時に家老殿達に教えられた。
秀秋様を情け無いやら何やら言う割にあの方々は、しっかり小早川軍の、と言うより秀秋様の色に染まっている。

私はあの時、成る程一理ある、と共感し美味しい握り飯の研究や兵糧の確保に入れ込み、己の婆娑羅を生かした食糧の冷凍技術を磨き会得した。明らかに努力の方向性を間違えた気がする。
しかし、そのお陰で幅広い種類の兵糧の長期保存に成功し、小早川軍の、主に秀秋様の食事代によって圧迫された、財政が改善して、ぽっと出の私に不審を抱いていた一部の家臣達にも信頼されるようになり、何より、秀秋様が野菜の鮮度が良くなったと、とても喜んで下さった。
私の思い描く武士の姿とは異なるのだが、秀秋様に喜ばれるのなら悔いは無し。

「只今戻りました。」
「あ、小百合さん!朝から何処に行ってたの?」
「?ええ、折角休みを頂いたので、己を鍛る為にとある道場へ。」
「ええぇ…。それ休みの意味無いよ…。」
「…はぁ。これだから小百合さんは。」

何処に行っていたのか尋ねられた為、素直に、道場に行っていた、というと天海殿だけでなく秀秋様にまでも呆れられてしまった。というよりか、引かれてる…?いやまさか。
鍛錬の何がいけないのだと少々不満に思ったが、飲み込んだ。仕事の進み具合の方が気になるのだ。机上を見遣ると、思ったよりも大分書類が減っていた。

「ま、まぁ、私の事は良いのです。…それにしても。この小百合、感動致しました。ちゃんと働いていらしたのですね。あと、少しではないですか。」
「え、えへへ、やだなあ〜僕だってやる時はやるよぉ。……天海様が居なかったら出来なかったけど。」
「……余りにも金吾さんがとろいので、つい手を貸してしまったのですよ。」

正直、そんな気はしていた。
なんだかんだ言って、天海殿は秀秋様に甘いところがお有りなのだ。本人は何故か認めようとしないが。
天海殿は頭も切れ、お強く、その上人格者であられる。私を含め、我が軍は彼を頼ってしまいがちだ。
天海殿はその優しい御心ゆえに、私の体を労ってくれるが、彼こそもっと御自愛なさるべきだと思う。

「…お疲れ様です、天海殿。…しかし、頑張られたのは誠のようですね。そんな秀秋様に握り飯を作ってきました。どうぞお食べに……、ん?これは何ですか?」
「え、小百合さんの手作り!? やったあ〜!…て、あ、そうだった、それは……。」

机に置かれた怪しげな手紙。目に付いてしまったからには、素通り出来かねる不穏な気を発しているそれを指差すと、早速握り飯を食べようと手に取った秀秋様が、気まずげにお顔を曇らせ、言葉を濁した。
天海殿に説明を求める。

曰く、秀秋様と彼を見守る天海殿、溜まっていた書の類を整理していたら、一つ変な書状が挟まっていたのを見つけたらしい。
因みに普段、小早川に届く書状等は私が管理している。のだが、私の不在の間は別の者に任せていた。その時に他の書類と混ざったのだろう、というのが天海殿の見解だ。
届け名は無し、良い趣味とは言えない南蛮風の派手な趣向。何故こんな目立つものが放って置かれたのか謎である。何処からのものか察しは直ぐ付いたが、何分関わりたくない。心から。
中身を読まずとも、嫌な予感がした。災いというのは、いつも向こうから勝手にやって来るのである。

「小百合さん、て確か…ザビー教の人達の事…、物凄く苦手だったよね?」
「手紙によると、今日か明日、教徒を伴って遊びがてら布教に来られるようですよ?…クク、噂をすれば何とやら、案外其処まで来ているかも……。」
「うぅ、…不吉な事言わないで下さい。天海殿がおっしゃると、その通りになりそうで怖いのです。」
「まさか、私にそんな力はありませんよ。」
「ふ、そうですよね。流石の天海殿も、其処までは、ですよね。」

そのまさか、であった。
あはは、うふふ、と異教徒襲来の可能性を否定していたのだが、現実は非情である。
それから一刻も経たない内に彼等はやって来た。
大友軍、否、ザビー教徒達は奇怪な音階と共にズカズカとこの烏城に踏み込んで来た。
私はどうにも、あの人達の押しの強い雰囲気が苦手なのだ。

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