怪教徒の暴走

突如として押し入って来た大友軍。
遊びに来たとは到底思えない勢いだった為、こちらもそれ相応の対処をして撤退させんとした。…のだが。

「さあ!貴女も今すぐザビー教に入信なさい!」
「お断りします!」

大友宗麟、会う度にしつこく入信を迫ってくる秀秋様と同年位の若き国主。あんなに出来た従者が側にいるのに、悪い方向へどんどん成長している少年。

「だいたい、何故秀秋様に入信を迫らないのですか?その方がザビー教にとっては良いのでは?…いや、させませんが。」
「カロリー小早川よりも貴女がザビー教に入信した方が、芋づる式に小早川の兵達が信者になる筈…とサンデーは踏んでいます。あの方の言うことに間違いは有りません。」
「さんでえ?…何のことか分かりませんが、小狡い遣り方ですね。……もういい加減諦めてください。入信はしないと毎度言っているではないですか。」
「そう簡単に諦めませんよ!ザビー様は101回目のプロポーズを断られても諦めなかったのですから!」
「…はぁ。大友殿の熱意は認めますが、無理なものは無理です。そもそも今日は遊びに来たのではなかったのですか?立花殿も居られないし。」

今日の目的を聞くと、大友殿はあの妙ちきりんな絡繰りの乗り物の上で、腰に手を当て得意そうに笑った。

「目が合ったら布教!これはザビー教徒の常識です。確かに、今まで小早川とは交友関係を築いて来ましたが、それも全て布教の為。…宗茂は奥方に会いに行きました。」
「…。これ以上城内を荒らすなら、容赦しません。」

今まで南蛮菓子をくれたり、ざびーらんどなる場所に招待してくれたり、と浅いとも言えない関係を続けていた。布教の為というのは透けて見えていたが、秀秋様との相性は、そんなに悪くなかったような気もしていた分、少し残念だ。

「フム。もう何を言っても貴女に入信する気はなさそうですね。斯くなる上は……これですよ!」
「…!そ、それはっ…!」
「ふっふっふっ、コレが苦手だというのは調査済みなのです。」
「…そ、それを、どうする気ですか。その危険物を今すぐ離してください。」

一体何処から情報が漏れたのか。もう一生見ることもないと思っていたソレが、目の前にある。大友殿は私の慌てっぷりを見てソレを手に掲げたまま、こちらに移動して来た。
え。

「ち、ちょっと!何故此方に来るのですか!?」
「ここはそういう流れかと思いまして。」

ジリジリと近づく彼に、私もジリジリと後退する。
この少年の言う入信は、実力行使によるものが殆どだと記憶している。彼にこの先を行かせると、そこには秀秋様と天海殿がいらっしゃる。行かせる訳にはいかないのだ。
しかし、私の直感が危ないと告げている。アレを食らったらとてつもない悪夢を見ることになると告げている。

大友殿が両の手に持つアレ。
そう、何時ぞやに食べて痛い目にあった髭面の男の頭のように見える南蛮野菜。

「すみません、秀秋様。あれは、あの野菜だけは、私の手に負えないのです…。」

逃げるのも、戦法の一つだと誰ぞが言っていた。
夢の中で異国の大男に宗教の勧誘をされるのは、もう御免なのである。



秀秋様は庇うように私の前に出た。

「僕、いつも小百合さんに守って貰ってばかりだから、偶には助けになりたいんだ。」
「秀秋様…!」
「小百合さんの為ならっ……、下手物だってまぐまぐするよ!……まぐまぐまぐ。……あれ?案外平気かも。」

「ぐぬぬ、今日のところは勘弁してあげますが、覚えておきないっ!いつか必ずあなた達をザビー教徒にしてやります!」

鍋を作り出して、あの恐ろしい南蛮野菜を食べる秀秋様。嗚呼、野菜が消えていく。そうか、鍋に関しては秀秋様は敵なしなのか。
私を脅す物が無くなった大友殿は悔しそうにしながら、小悪党じみた台詞を残して撤退して行った。

主君の成長を思わぬところで目の当たりにして、目が潤む。
脅威が過ぎ去って冷静に考えて見れば、この騒動、ただ大友殿が不味い野菜を秀秋様に献上しにきた結果に終わった。
ボヤ騒ぎ以上戦未満、と言ったところか。
あまりいつもと変わらない。が、秀秋様からあんな立派な言葉が聞けるなんて思ってなかった。
感涙の極みである。なんて思ってしまう私は、少々主君馬鹿が過ぎるだろうか。
こんなんじゃあ、天海殿にまた呆れられてしまうと思い照れ臭い気持ちで、先程から声を発していない彼の方をちらりと伺った。

予想に反して彼は、驚くほど無機質な目をしていた。此方をぼんやりと見ているかのようにも思えたが、その目には暖かさも冷たさも何もなかった。
ぞくりとする。
全うに生きている人間の目では無い。
何故かそんな言葉が頭を過ぎったが、彼から目を逸らすことで、その考えを揉み消した。
天海殿は、共に秀秋様を支える同士で、私は彼を友だと思っているのだ。







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