右目の鍋

実に美味しそうに鍋を食べる秀秋様を見て、ようやく肩の力が抜けた。まったく、あんなに幸せそうな顔をして。ひどく怯えて泣いていたのが、嘘のようだ。
秀秋様に刀が向けられているのを見た時は、本当に、肝が冷えたのだが。


城の窓から飛び降り、急いで秀秋様のもとに辿り着いた時、秀秋様は伊達の兵達に囲まれていた。
今にも泣きそうな、いや、もう泣いていた。それも当然か。本人は野菜を貰いに来ただけのつもりが、いつの間にか命を狙われる事態になっているのだ。

軽く飛んで秀秋様の前に降り立つ。刀を抜き、騒つく伊達の兵らを睨む。

「このお方から離れて貰おう。」
「た、助かったああ!小百合さああん!怖かったよぉー!」
「っ、ひ、秀秋様っ、動き辛いです!抱きつかないでっ、離れてください!」

刀を構えているのに、私の腰に泣いて縋る秀秋様に焦る。兵達も心なしか呆れた様子だ。ああ、心なしかでは無い、はっきりと、情けねぇという声が聞こえてきた。
勇んで飛び込んだが、まったく格好がつかない。だが秀秋様、思ったより大丈夫そうだな、良かった。

「あぁー!あんたっ、松永の所の忍びの姉ちゃんだろぅ!?」

いつも通りといえばいつも通りの秀秋様の様子に少し安堵していると、突然一人の兵が私を指差して叫んだ。この兵は、確か松永軍で人質にされていた…。

「え!マジかお前っ、この姉ちゃんが!?」
「おお!小早川の使者って、あんただったのかあ!」
「あんときゃあ仲間が世話になったなぁ!」

異様に大きな盛り上がりを見せて、一気に雰囲気が友好的なる伊達の兵士達。思ってもみなかった反応に戸惑うが、彼らにもう此方への敵意は無さそうだと、刀を鞘に収める。
すると、秀秋様がそぅ、と私の背から顔を出した。

「こ、この人達、小百合さんの知り合い……?」
「え、えぇ。見た顔が、いくつか…。」
「あんたには、ずっと礼を言いたかったんだよっ、崖で松永に殺されかけた俺を助けてくれたろぅ?」
「…ええ。覚えています。お元気そうで何より。」

あん時はありがとな、と私の肩をバシバシと叩きながら礼を言う兵士に苦笑いする。伊達の男は、どうも律義者が多いようだ。叩かれた肩が少し痛いのは黙っておこう。

「…あの、我らは戦をしに来たわけでは無いのです。ですので、どうか武装を解いて貰えませんか?」
「おお?そうだったのか?……おい聞いたかよ、お前らあ!敵襲じゃぁ無いってよ!」

頼むとすんなり聞いてくれた兵士は他の兵士達にも伝えに行ってくれた。軽く息をつく。
さて、と。

「秀秋様、何故此処へ一人で来られたのですか。私が野菜を持って帰るのを待っているという言葉を、確かに聞いたのですが?」
「あ、あわわわわ、小百合さん、怒ってる?だって、その、僕、待ちきれなくて……。」

みるみる涙目になっていく秀秋様。胸が痛むが、此処は心を鬼して…、

「Hey!あんたが人騒がせな大将か?」

秀秋様に注意しようとしたら独眼竜がやって来た。その後ろには景綱さんが控えている。勢いが削がれてしまった。

「ど、独眼竜殿に景綱さん…。」
「も、もしかてっ、伝説の食材師片倉小十郎さん!?」

双竜の視線を物ともせず目を輝かせて、景綱さんにずい、と近寄る秀秋様。
あ、あれは食材をみる目と同じだ。グイグイと彼に迫る秀秋様になんとも言えない気持ちになった。普段もあれだけ物怖じしなかったら…。

「折角此処まで来たんだ、小十郎、ふるってやんな。」
「はっ。」

そういう事になって、冒頭に至る。


秀秋様だけでなく、伊達の兵士達も鍋をつついている。しかし、こちらは酒を飲みながらのため宴会か何かの様になっている。乱世とは果たしてこういうものだっただろうか…。
私といえば、伊達の兵士達に揉みくちゃにされた。四方八方から投げかけられた言葉は、主に私への感謝と景綱さんとの関係性についてだった。前者はともかく、後者については独眼竜といい、この軍内で一体私はどの様に思われているのか気になったが、何となく怖くて聞けなかった。
其処から何とか抜け出して、今は隅っこで気配を消しているのだ。秀秋様は依然として鍋に夢中だし、しばらくこうしていよう。
ぼぅ、と皆が楽しそうに騒いでいる様子を眺めていた。

「こんな端で、何してんだ?」
「景綱さん…。」

気配を消していたつもりなのだが、やはり気が緩んでいたのか、景綱さんが私に気付いてしまった。彼は私の隣に座った。
少しばかり、私は緊張している。

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