紳士に捕まる

「独眼竜殿、主従共々大変世話になりました。もし備前に来る事あらば、もてなしましょう。」
「ま、機会があればな。……で?小十郎とは何か進展はあったか?」
「進展…?な、何を進ませよと言うのですか?全く判りかねます。」
「はっ、そうかい。」
「そうです。…では、失礼する。」

奥州から帰るにも、一つ問題があった。私は馬で此処まで来たが、秀秋様は、紆余曲折あったらしく、奥州へはその足で参られた。
流石に馬を貸せ、という願いは出来なかった。此処から、備前まで、長い距離を世話になった軍から借りるというのは、忍びない。それに、返す手間が面倒だ。
独眼竜からは別に構わない、と言われたが頑なに断った。秀秋様は馬乗があまり、得意では無い。ならば、する事は決まっていた。

「僕、小十郎さんにお土産貰えるか聞いて来るね!あとお礼も。小百合さんも行く?」
「いえ、私は遠慮します。礼ならば伝えたし……馬の準備をせねばなりません。」

馬一匹と、鍋一つ。
馬とその後ろに解いた手綱で繋がれた鍋がある。例としてあげるなら、そりが一番近いだろうか。鍋が移動手段として使われるなんて、聞いた事無いが、秀秋様にお仕えしてからこの手段は、度々使う。無論、秀秋様がおられる時だけだ。
こんな扱いをしてなんとも無い秀秋様の鍋は、本当に凄いと思う。

「あっ、この乗り方久しぶりだね。」
「ええ、そうですね。…秀秋様、もう宜しいのですか?」
「うん、お土産貰えたよ!…ねえ、小百合さん。何だか、政宗さん達に凄い目で見られてる気がするんだけど、気の所為かな?」
「…気の所為、ではないでしょうね。」
「や、やっぱり、そうだよね…。でも、僕これ結構気に入ってるんだ〜。」
「……。」

このお方はきっと大成することだろう。私は、見送ってくれている双竜のお二人を直視出来ない。特に景綱さんにはこういう所は見られたく無かった。いやいや、こういう所って何だ。秀秋様はこれで満足している、ならば私もこれで……、嗚呼、正直に言おう、恥ずかしいものは、恥ずかしい。

別れの挨拶は済ませてある。私は常と変わらぬ顔で馬に乗った。秀秋様が鍋に入ったら、直ぐに出よう。

「…乗りましたね?行きましょう。」
「え、う、うん。って、うわわー!速いっ、速いよ!小百合さん!」


夕日が眩しい。
秀秋様が怖くない程度の速さで進む。しかし近頃は慣れたのか、最初の頃に比べると格段に、速く馬を走らせても平気になられた。
順調に進んでいると、道に何か、不審なモノを見つけた。…人の、足?いや、地面に人が刺さっているなんてあり得ない。何だこれ。

「秀秋様、止まりますか。」
「う、うん。…これって…、人、だよね?」

馬から降りて、秀秋様の庇うようにして前に出る。何か分からないが、余りにも不審だ。
近寄ったら、足がぴくり、と動いた。
少し不気味だ。

「ひいいい、動いたああ!?」
「…生きているみたいですね。引っこ抜きましょうか。」

細めの足を掴んで、引っ張る。
すると、コーンという謎の音と共に地面から飛ぶように男が抜けた。重さを感じさせずに着地する男。

「コンコーン!素敵紳士、復活っ。いやー、紳士の救助、感謝するよ!」
「……。」

見覚えのある兜と、胡散臭い髭。
厄介なものを引っこ抜いてしまったようだ。

「おや?おやおやおや?貴公は……、そう、小百合ちゃん!梅永殿の所のー、忍びのー、小百合ちゃんじゃないかね!」
「私は梅永の者でも、忍びでも、ありませんので、人違いです。…元気そうですね、秀秋様、行きましょう。」
「で、でも、何で埋まってたのか…、ちょっと気になるかも…。」
「そうだろうとも、少年!」
「ひいっ。」

しまった、秀秋様のお優しい心が、奴に付け入られる隙を与えてしまった。
道端で遭遇する怪しい紳士とは深く関わってはいけない、これは戦乱の世の常識である。
秀秋様にずい、と近寄る最上殿。秀秋様が急に迫ってきた髭に怯えておられる。
後ろから最上殿の肩を掴み、秀秋様から引き離す。

「秀秋様から離れて下さい、最上殿。」
「あー、我輩を知っているという事はやっぱり〜小百合ちゃんじゃないか。素敵紳士の魅力には抗えないのだねっ。」
「秀秋様、この人から離れましょう、一刻も早く。」
「そうだね、この人少し怖いや。行こう。」

片目を瞑って輝かんばかりの胡散臭い笑顔を見せてきた紳士を素通りすべく、秀秋様と共に踵を返す。

「ままま、待ちたまえ!我輩、何で地に刺さっていたのか、誰かに聞いてもらいたくて仕方ないのだよぉ!」

嗚呼、手を掴まれた。心の底から溜息を吐く。昔一度だけ、…紳士曰く梅永に仕えていた時に会ったことがあるが、その時から要注意人物なのだ。

「はぁぁ…、分かりました。お話聞きますから、手を、手を離して下さい。」
「我輩は信じていたよっ、小百合ちゃんは素敵紳士を見捨てない優しいお嬢さんだと!」
「うわっ、な、何でもいいから!離れろ!」
「ああ、これは失敬。…玄米茶飲むかね?」
「何処から出したのですか、いりません。……茶柱を見せてこないで下さい。」

「こ、こんな小百合さん、初めて見た…。」

日が暮れかけているのに、私は何をやっているんだろう。

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