僧侶は気遣う

つまり…最上殿は、織田につくことを決意し、その意を伝えに尾張へ行ったが、生憎魔王は不在。魔王の跡を追いかけて更に西へ遥々出向き、無事魔王に会い献上品と共に報告。そして、巫山戯た献上品に気を損ねた魔王に叩き飛ばされ、此処に突き刺さったと。

「最後が全然ちがーう!信長公は、我輩の献上品を気に入られて、我輩を態々羽州に送り届けてくれたのだよっ!」
「はぁ、そうですか。」
「それに!我輩がつくった超素敵っ、紳士王国の話にも触れたまえよ!」
「はぁ、そうですか。」

折角、無駄な紳士的自画自賛を省いて簡潔かつ正確に、話を纏めたというのに文句をつけてきた。余りにも長かった話に、とても気力を削がれた。美しいはずの月が、憎い。
秀秋様は最上殿が出した玄米茶と景綱さんから頂いた土産、という名の野菜でお茶漬けを食べて、まったりお月見しておられる。秀秋様が幸せそうで何よりです。城に帰ったら、溜まっているであろう仕事をして頂こう。
それにしても、魔王…、魔王か。織田が西へ行っていたのか。
最上殿が魔王と遭遇したのが昼間としたら、もう今頃は何処ぞに移動しているだろうか。

「話はちゃんと聞きました。もう満足ですね?我々は帰ります。さようなら。」
「ええ?超絶素敵紳士王国を見ていかなくて良いのかね?小百合ちゃんには特別に羽州の狐たる我輩直々に持て成しちゃうよ〜!」
「さ、よ、う、な、ら!……お待たせしました、秀秋様。参りましょう。」
「うん!玄米茶漬け、美味しかったよ〜。」
「……。」


それから、最上殿の話に出た織田の動きが気になったため、念のため警戒をしながら馬を走らせたが、特に何事も無く備前の地へ辿り着いた。途中、秀秋様は鍋に乗りながら寝ておられた。羨ましいとは、思ってない。
唯、城に着いたら絶対に、何が何でも、仕事して頂こうと思う。
城から秀秋様と私の姿が見えたのか、それよりもっと前から居たのか、天海殿は門前に立っていた。彼の手には、いつも通り鎌が在り後ろに控えていた。

「思っていたより遅かったですね。お帰りなさい、二人とも。」
「ただいま、天海様ー、小十郎さんの伝説の野菜鍋食べれたよ!」
「只今、戻りました。道中面倒な事が有り…。留守の間、何も、有りませんでしたか?」

そう尋ねると、天海殿はやや目を斜め上に向け考えるそぶりしてから答えた。

「ええ、そうですね。特に大した事は有りませんでしたが。」
「そうですか、ならば良かっ、」
「強いていうなら、魔王が此方に来ていました。」
「た……は?、魔、王?」
「はい。魔王、織田信長が。」
「えええ!? そ、そそそれって大した事だよね!?」
「そうですか?特に何事も無く去って行きましたので、クククッ、小早川は眼中に無かったようですね…。」

天海殿は秀秋様の怯える様子を楽しんでいるみたいだったが、それを諌める余裕は無い。魔王が、織田が此処に来た?
最上殿の話から嫌な予感がしていたが、的中してしまった。

「あ、あのっ、来ただけ、なのですか?何もされてはいませんか?天海殿は、兵達に怪我は?」
「……どうしたのです?慌てるなんて小百合さんらしくも無い。私はこの通り健在ですし、金吾さんの兵達もまた然り。大群勢でも無かったし様子を見に来ただけの様です。」
「そう、そうですか。良かった、本当に。」
「…小百合さん、…大丈夫?」

秀秋様に心配をかけてしまった。この軍に被害が無いのなら、一先ずは、安心だ。しかし、まだ心の震えが止まらない。昔を思い出す。あの時も私は事が全て終わった後に…。

「ええ、大丈夫です。御心配には及びません。」
「だ、だけどっ、物凄く顔色悪いよ?天海様と同じくらい。」
「えっ。」
「…お休みになってはどうです?ずっと働き通しなのでしょう?」

天海殿と同じ位、が本当なら相当なのかもしれない。魔王の名前を聞いただけで、こんなにも動揺するなんて情け無い、本当に情け無い。
天海殿の申し出は有難いが、秀秋様が放置している執務を考えると、そうしては居られない。

「しかし…、溜まっている仕事を秀秋様がなさるのを手伝わねば。一体どれ程在るのか…。」
「ギ、ギクッ!ああああのっ、小百合さんは何も気にせず休んでて良いから!」
「その通りです。私が金吾さんを見張っていますから、お休みなさい。」
「天海様が、て、手伝ってくれるの…?」
「安心して下さい。金吾さんは取り分を取られるのがお嫌いでしょう?手は出しません。」
「うう、それは食べる時だけだよ〜…。」
「おや、そうでしたか?」

私を気遣ってくれる二人に胸の内が暖かくなった。天海殿が見ていてくれるならば、大丈夫だろう。政にも明るい方だし、秀秋様もちゃんと仕事をしてくれる、筈だ。

「お二人共…。有難う御座います。…あの、半日程お暇を頂いてもよろしいですか?」
「うん、ゆっくり休んでね…?」

二人に深く頭を下げ、その場を去った。

「小百合さん、魔王様の事を聞いてから、顔色が悪くなってたよね…、やっぱり小百合さんでも怖いのかな?」
「……。さ、溜まりに溜まっている執務をしましょうか。馬車馬のように働きなさい。」
「あ、ああー、な、何だか僕、お腹空いたなあ〜、まぐまぐしてからでも、…いい?」


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