うちは忍者8
バレンタインデー企画
扉間が会談で里外に出掛けた。今日中には帰るとか言っていたが、そんなことはどうでもいい。兎に角、今、大事な事は、扉間がこの里に居ないという事だ。
割と単純な造りの結界をバリーンと殴り壊して、部屋から脱走した。ふ、容易いことよ。私を止めるなら火影クラスの忍び四人で作った結界を張るんだな。フハハハハ。
「さて、今からどうするかな」
特に計画性も何も無くその場の思い付きで、遂に私は、扉間という名の支配からの卒業に成功した。外出禁止されようが、所詮は扉間の勝手な命令。多少の脱走、許されるだろう。ようはバレなきゃ良いのである。
いやぁ、それにしたって私は耐えた。今までとても頑張った。一日三食昼寝とおやつ付きの生活でも、扉間との共同生活というストレスには敵わない。ああ、彼奴の居ない外の空気は美味しいな。
さて何をしようか。
うちはの知り合いに会いに行くのも、何だかなあ。私、死んでるし。
写輪眼だと即バレかもだもんな。死んでる人間が動いてる、なんでバレたらすごく混乱するに違いない。可愛すぎるゾンビ、なんて言われて世間に晒されたら困っちゃうしなあ。
ふむ、どうしたものか。
取り敢えず、煎餅を買いに行こう。
久し振りに歩く街は、そう大きな変化はなかったが、やはり私の知っている店やらは少なくなっていた。ちょっと寂しい。
しかしながら、何だか皆んな何処と無く、浮き足立っているような気がする。甘い匂いもする。この匂いは、チョコレートか……?
「あら? もしかして、貴女サユリちゃん? サユリちゃんよね{emj_ip_0793}」
なんということだ。後ろから声を掛けられた。まさかの知り合い、聞き覚えのある声だ。あまり会うのは好ましくない人物の声だ。ぎこちなく振り向くと、驚きながらも嬉しそうなミトの姿があった。
「や、やあ。久し振りだな……。こんな所で会うとは凄い偶然、」
「ん? 貴女、本当にサユリちゃん……? まるで死んでる人みたいな……」
「な、ななななにを言ってるんだ? 私は、別に、動く死体とか、そんなんじゃ無いぞ? 扉間の術で蘇ったとか、違うぞ?」
「……そう、死んで、しまっていたのね」
バレた。何故バレた。
やばい。感知タイプ怖い。だから、会いたくなかったんだ。いや、ミトのことは別に嫌いとか、そういうのでは無いけれど。
「サユリちゃんは世界中の煎餅を食べる旅に出たって噂、嘘だったんだわ……」
「ほ、本当に、そんな噂が出回ってるのか……? というか、それをミトは信じたのか……?」
「サユリちゃんなら、あり得るなって思って……」
うわあ、なんか辛い。
もっとカッコいい噂が良かった。修行の旅とか、世界を見てまわる旅に出たとかが良かったなあ。煎餅の名前出しとけば良いってもんじゃ無いんだぞ。
「誰がそんな出鱈目な、」
「サユリちゃん、場所変えて話さない?」
「え、ああ、うん」
この人の話を聞いてるようで聞いてない感じ、ミトってば暫く会わなかった内に、少し柱間に似てしまったのか……。
*
「へー、バレンタインかあ。時代も変わったなあ」
「扉間さん、何も言ってなかったの?」
「うん、何も聞いてない」
近くにあった甘味屋さんに移動した私達は、あんみつを食べながら今の木の葉の状況について語らっていた。
どうやら私の知らぬうちに、知らぬ文化が増えていたようである。里のイベントくらい教えろよ、扉間ァ……。
「にしても、女から男にチョコ渡すとか、不平等だな……。極めて狡い事だ」
「まぁ、男なら誰もが貰えるって訳でも無いし。それに、最近は女の子同士の友チョコとか、自分へのご褒美としての自分チョコとかもあるのよ」
「へー、いいな。その自分チョコって奴」
ん? でもそれって、ただ自分の金でチョコ買ったってだけだよな。他の日に買うのと何が違うのだろうか。商業的戦略の匂いがする。
「サユリちゃんは、扉間さんにあげないの? そうだ! 手作りしてみたらどう? 今からなら何かしら作れるわよ!」
「えええ、私があいつにぃ? あり得んな。第一、扉間がチョコで喜ぶとか考えられない」
「そお? 可愛い奥さんからのチョコなら、誰でも喜ぶと思うけど」
「……」
そっか、私これでも人妻だった。あまりに夢の無い新婚生活に忘れてしまっていた。奥さん、とかこそばゆい感じがする。
いやしかし、相手はあの扉間だぞ。全ての卑劣の生みの親といっても過言では無い、あの合理主義者の冷静冷徹リアリストだぞ。チョコの一つや二つで心動かすような殊勝な男だろうか。いいや、んな訳ない。
…………本当に喜ぶだろうか。
*
扉間が帰ってきた。チャクラで分かる。玄関の前に移動して、奴の帰還を待機する。
これはS級忍務だ、私が一時的に脱走したことを扉間に気取られないようにする為の作戦。名付けて、「ドキッ! チョコで扉間を丸め込んじまおう大作戦」だ。断じて、断じて、奴にチョコを渡すための建前とかでは無い。
足音が近づいてくる。
「お帰りなさい、早かったな!」
「た、だいま。……珍しいな、お前が出迎えるなど。それよりお前、」
「あー、えー、ご、ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
「……」
「チョコにする? 」
「はぁ?」
「するよな? チョコ一択だよな? むしろそれ以外の用意はしていません!」
どういうことだ、扉間の目がまるで残念なものを見る時のような、やる気の無いものになっている。
「……結界を破って逃げたんだろう」
「ギク! な、なんで分かったんだ......?」
「声に出して動揺する奴があるか……。ワシが張った結界だぞ、破られたら伝わる仕組みになっている」
「なん……だと……。ま、まあ、実は薄々そんな気はしてたがな。ほ、ホントだぞ?」
「そうかそうか。取り敢えず、中に入れてくれるか」
うん、と頷いて玄関の前から退いてやった。
なんか出鼻挫かれた気分だな。思いの外、扉間怒ってないみたいだし。む、何で私が扉間の機嫌を慮らねばならぬのだ。
よし、開き直ろう。
すたすた部屋へ歩いていく扉間の手を後ろから引っ張って、隠し持っていた小包をその手に持たせた。
「ん? 何だ、これは」
「さっきも言ったろ、チョコだ。バ、バレンタインデーなんだろ、今日は」
「一体誰からそれを、」
「そ、そんなことは別に良いだろう」
「まさか……、お前が作ったのか?」
「そうだとも。……私なりに、扉間のことを考えて頑張って作ったんだ、食べてくれないか?」
私が扉間の目をジッと見て真剣に言うと、扉間は面食らったように目を見開いた。だが、直ぐに顔を背けてしまった。その様子がちょっと珍しかったので、覗き込もうとすると、片手で頭をガシッと掴まれて止められてしまった。
「おいっ、手をはーなーせー!」
「あー、その、」
「んん?」
「……ありがとうな。サユリから貰えるとは、思わなかった」
「!」
いつの間にか私の頭を掴んでいた手は離され、代わりにその手は、ポンと軽く頭に置かれていた。見上げてみれば扉間はこちらをまっすぐ見て、少し笑っている。今度は私の方が先に目を逸らした。
私からのチョコでこいつは、喜んで、いるのか。
何だか面映ゆいような気持ちになって、サッと置かれた手を退かした。
「あ、有難いと思うなら、一つ食べてみろよ」
「ああ、そうだな、頂こう。……焼き菓子か?」
「まあな、そんなもんだ」
ふ、掛かったな、馬鹿め。
先程は少々取り乱したが、本来の目的はここにあるのだ。
一見すると、それはチョコがコーティングしてあるクッキーか何かだが、その実、これは煎餅である。邪道という邪道を極めた煎餅、扉間にぴったりの邪道チョコ煎餅だ。
正統派代表の私としては、とてもじゃないが食えたものではないゲテ物、いや間違えた、代物である。
せいぜいチョコと醤油煎餅のミスマッチに悶え苦しむが良い。
「どうだ? チョコの甘さと香ばしい醤油の風味が、さぞや合わな、」
「いや、美味い」
「……えっ」
「来月は、まあ、楽しみにしておけ」
「あ、うん」
来月って、何かあるのだろうか。
その後、ちゃっかりしっかり脱走の件を扉間に問い詰められた私は、また一つ扉間に対する恨みを募らせるのであった。
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