スタンド使い3

3

花京院は人との間に壁を作りがちで心を開いている、と胸を張って言える人物は凡そ居なかった。
このエジプトへの旅に同行するまでは。

危険を伴う旅である。決して浮かれた気持ちで付いてきた訳では無い。しかし、今まで生きてきた人生の中で、最も精神が充実している、と花京院は断言できる。

その要因としては、此れまで存在をひた隠してきた美しい緑のスタンドと共に戦う事であったり。気の置けない仲間が出来た事であったり。年の近い男友達と何気無い世間話をする事であったり。
……気になる異性との出会いであったり。

広瀬小百合、という近頃の女子高生とはとても思えない程に純粋で正義感が強く、恐れを知らない女性。
染めた事がないような長い綺麗な黒髪を一つに束ねたその姿は、大和撫子と形容しても違和感が無く、凛としている。その癖小百合本人は子供のような無邪気さがあった。
初めて会う類いの女子は、花京院に衝撃を与えた。いわゆるギャップ萌えである。
世間一般で言う恋だと彼が気付いたのは、旅も中盤に差し掛かった頃である。

普通ならば是が非でも成就させたいと思うところであろうが、花京院には其処までの積極性と野心はなかった。奥手なのである。
この旅は空条承太郎の母、ホリーを救う為の旅であって、浮かれてるとか思われるのは本意ではないし…、と花京院は誰に言うでもない言い訳を頭の中でぐるぐる巡らす日々が増えていた。
とはいえ。
花京院は確かに小百合に恋をしていた。
だから、仲間であり友となった男にも嫉妬してしまうのである。

「承太郎っ、煙草は体に悪いんだぞ。飴にしときなさい。ほれ。」
「…!それは…。」
「えへへ。街に飴屋さんがあってな、そこで見つけたんだ。ヒトデ型キャンディー。ヒトデ好きなんだろ?」
「ふん、余計なお世話だぜ、ガキ。…まぁ、貰っとくが。」

ヒトデ型キャンディーとは何ぞや、と花京院は思った。淡い黄色のそれは明らかに星型である。だが、和気藹々としたあの空気を壊すような真似は花京院にはできない。
いつからか花京院は、小百合と承太郎が二人でいるところへ軽く入る事が出来なくなっていた。
あの二人は仲がいい。
小百合は承太郎のことを何故か師匠と慕っており、当の承太郎は鬱陶しいと言いながらも、なんだかんだ小百合を無下にしていない。
加えて、年頃の男女とは思えない距離感である。

胸の奥がつきん、と痛むような感覚をこれまでも幾度となく認めては誤魔化してきた花京院であるが、自分は小百合の事が好きなのだと自覚したときから、嫉妬という明確な気持ちを知ってしまった。

はあ、恋とはかくも苦しいものか。こんな苦しむならば、いっそ諦めた方がいいだろうか、なんてアンニュイな気分に浸ってみたり。
視界の端でピンク色の髪が風でそよぐのを感じながら花京院はとめどなく溢れる思考の渦に身を任せていた。

「花京院。」
「……。」
「なぁ、花京院ー。」
「……。」
「む…。かーきょーいーん!」
「…えっ、あ、え、小百合さん{emj_ip_0793}」
「ぼー、として、どうしたんだ?」
「あ、うん。その、ちょっと考え事、してただけだよ。」

しどろもどろな花京院の様子を小百合は少し不思議そうに見たが、元来この少女は細かいことを気にしない性質だ。

「そうか。…これ、さくらんぼの飴さんだ。花京院が好きそうだな、て思って買ってきたんだ。……要らなかったか…?」

その手に持っていた赤い可愛らしい包み紙の飴を小百合は差し出した。しかし、花京院が中々受け取らないことに不安になったかのか遠慮がちにその手を少し引っ込めた。
驚いて軽く固まっていた花京院は、その事にはっ、として小百合の手を両手で掴んだ。

「いやっ、嬉しいよ!すごく。…その、ありがとう。」

勢いで小百合の手を掴んでしまった事に内心どぎまぎしながら、花京院は言った。

「ああ、よかった。…最近、なんだか元気なさそうだったから、喜んでくれたなら、私も嬉しい。」

そう言って小百合がにっこり笑ったのを見て、先程までの暗い気持ちは何処かへ飛んで、やっぱり好きだなあ、と花京院は思った。

花京院は小百合が小学生である事を知らない。






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