スタンド使い4

花京院が目に大きな傷を負った。彼は療養の為に一旦離脱せざるを得なくなった。また、彼の付き添い、及びボディーガードとして小百合が同行することになった。傷は幸い彼の視力を奪うほどのものではなかった。それを医者から聞いた時、彼女はひどく安堵した。まだ一緒に旅が出来る、と。

某病院の一室にて。少女は、目に包帯を巻いた状態で眠っている花京院を見た。起こさないように忍び足でベッドに近づき、静かに椅子を広げ座った。
陽はとっくに沈んでいる。少女は窓から見えた星に先へと進んだ仲間たちを重ねた。

(今頃は、みんな何処らへんにいるのだろうか。敵に襲われてやしないだろうか)

小百合は寂しさや心配を紛らわすように、薄い毛布から少しはみ出た花京院の手を握った。その手には彼女を安心させる温もりがあった。

「そこにいるのは、小百合、さんか?」

少女はてっきり彼が寝ているものだと思っていたため、少しビクついて握っていた手を離した。

「あ、ああ、うん、私。……もしかして、起こしてしまった? ごめん」
「いや、謝らないでくれ。実は、少し前から起きてたんだ。昼間よく寝たしね、頭が冴えてしまって。……それに、その、手を」

そこで言葉を詰まらせた花京院は、遠慮がちに手を差し出した。小百合は控えめに差し出された手を、反射的に軽く掴んだ。

「ああ、やっぱり。手を握ってくれてるほうが、何というか、……安心するよ」
「そう、かな。だったら、このまま少し話そうか」

小百合は、先程よりもしっかりと手を握り直した。

二人の話の話題は、今日出会った盲目のスタンド使いから、仲間に加わったイギーの話へ。そして、日本に居る自分の家族の話になった。
花京院は、親に何も言わずに旅に出たのだが、小百合はどうなのだろうかと気になった。小百合は自分とは違って、か弱い……かどうかは別として、女の子だ。加え、兄弟は居ないというので、一人娘であることが分かった。これは、なかなかに大変なことではないだろうか、と今更ながらに花京院は思う。

「そういえば小百合さんは、初めてあった時から承太郎と一緒にいたけど、この旅のこと、他の誰かに言ってから来たかい?」
「ううん、誰にも」
「……ご両親にも?」
「うん」

あっけらんかんと言う少女に、花京院は少し眉を下げた。彼女の家庭事情はどうやら結構複雑らしい。それは小百合本人からではなく、ジョセフから聞いたことだった。どう複雑かというのは知らない。

「花京院、私のスタンド〈OnlyMyHero〉のこと、どれだけ知ってる?」

小百合は、急に自身のスタンドの話に切り替えた。花京院はそれが不自然なことのように思えてならなかったが、彼女の質問に答えた。

「、ああ、確か……、自分の体に影響を及ぼすスタンド、だったかな。負った怪我を直したり、体から物を作り出した……り?」

花京院の声は、最後にいくにつれ尻すぼみになっていった。どういうわけか小百合のスタンドの能力をうまく思い出せなかったのだ。あんなにも共に行動し、更に自分は彼女のことを誰よりも見ていたはずなのに、なぜ満足な答えを言えないのか。

「ごめん、君のスタンドについて自分で思っていたよりも、知らなかったようだ」
「いや、それだけ知ってたら十分だよ。大方合ってる」
「……大方?」
「うん、大方」

小百合は、少しだけ笑って頷いた。その顔が、いつものニッコリと屈託無く笑った顔とは違うことに、目を包帯で覆っている花京院は気付くよしもない。

「昔、というほど昔では無いのだけれど。私にとっては、やっぱり昔だな。小学生になる前の事だ、私が自分のスタンドを知ったのは」

そこから小百合は語り出した。



物心ついた時から、私はスタンドという名前こそ知らなかったものの、自分には他の人とは違うところがある、ということを分かっていた。
うん? ああ、花京院も幼い頃からスタンドが……。そうか、うん……。
でもね、私は、他の子供と同じように、ヒーローに憧れていた唯の子供だったよ。
ある日。家族で、父と母と私で、車で旅行に出かけた日。それはそれは楽しい一日だった。なんの変哲も無い幸せな家族旅行。それを崩したのは、その帰りのことだった。
事故にあったんだ。交通事故。前方からの、トラックとの。
……怪我は、大丈夫。今はね。後遺症も何とも無いよ。……そう。私のスタンドのおかげ。
めちゃくちゃになった車の中で、私は必死に助けを求めた。血だらけの私を、父を、母を、誰か助けて下さい……ってね。助けてくれたよ、私のヒーローは。私のスタンドは、私を、父を、母を。傷を治してくれた、そりゃもう、跡形も無く。
うん、私だけでなく、両親もさ。……ごめん、本当は、治そうと思えば、出来たんだ。花京院の、その目の傷も。……。
……傷が治った私の両親は、私を、忘れてしまった。私のスタンドは、私以外の人に使えば、使った分だけ、私のことを忘れてしまうものだったんだ。……あの事故で、初めてそれに気がついた。
両親は致命傷を負っていた。それを治すほどスタンドの力を使ったら、私と両親との思い出は吹き飛んでしまったんだ。
両親は、私を恐れた。だって、知らない子供が自分達の子供だって言うんだ。
写真も戸籍も家にある私の物、全部が、自分達の子供の存在を証明していたのに、何も思い出が無いんだから。仕方ないよ。
……だから、花京院の怪我を治すことはできない。承太郎達のもだ。ごめん。



花京院を握る小百合の手は、小さく震えていた。花京院は、小百合が泣いているのかもしれないと思った。

「……僕も、小百合さんのスタンドを、使われたくないな……」
「……うん」
「僕も、君を忘れるなんて嫌だ」
「…………うん。私も、忘れられたくない」

その夜、花京院は手に温もりを感じながら眠りについた。

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