スタンド使い5

昔のお話


「小百合さんは、休日とか何してた?」
「んー、休日は…、テレビを観てたかな。」

日曜日は、学校が休みだ。
お父さんも会社が休みだ。
今日だけは、お母さんもお父さんも、何時もより少しだけお寝坊さんだ。
けれど私は、何時もより少しだけ早起きだ。
日曜日の朝は特別だ。
私は土曜日の夜に、ちゃんと目覚まし時計がセットされているかを確認する。
ほんの少しだけ、いつも起きる時間より早くセットして、ときめく自分の胸の音を聞きながら眠る。

目覚まし時計が鳴った。パッと目覚めて、バッと起きて、サッと身を整える。
まだ寝ている両親を起こさないように、なるべく静かに。
テレビをつける。音量を小さめにする。
テレビの前で正座。
今週も、ヒーローの時間がやって来た。

「へぇ、少し意外だな。小百合さん、芸能人とかあまり知らないみたいだし。」
「え、意外?テレビとか観ないタイプに見える?…確かに普段はあまり観ないんだ。でも、日曜日は特別だったんだ。」

怪人が、人が沢山いる街を襲う。
逃げ惑う人々、高笑いする怪人。
それをはらはらと見守る私。
ガチャリ、と玄関のドアの開く音が小さく聞こえた。ぴくりと肩が上がる。テレビから目が逸れて、ドアの方をじっと見つめた。
足音がする、この部屋に近づいて来る。
怪人の高笑いが聞こえる。

「花京院は、ヒーロー番組を観たりする?」
「あぁ、子供の頃は観てたよ。…あ、そうか。ヒーロー番組は日曜日の朝だったか。残念ながら、この旅の間は観れないね」

泥棒だ、と思った。深めの帽子に、大きめのマスク。男は手に銃を持っていた。顔は隠していて分からない。荒い息遣いと血走った目だけは、やけにはっきり分かった。
男は私に拳銃を向けた。
襲われる人々の所にヒーローはまだ来ない。

「いや、そうでもないよ。この旅に出る暫く前から、観るのは辞めたんだ。…それに、ヒーローなら承太郎が居るし。」
「……た、確かに、承太郎は強いし、筋の通った良い奴だろうけど、ヒーローとは違うんじゃないかな。だって、ほら、彼、不良だし。」
「不良のヒーローがいても良いと思うんだけどなぁ。」
「…………。」

泣き出した私に男は声を荒だて何か言った。
そんな所に、また新しい声が加わった。私のよく知っている声、お父さんだった。
大声で泣いたからか、寝室で寝ていた両親が起きたようだった。
警察を呼んだぞ、と普段とは違った怖い顔で
言うお父さん。その後ろには泣きそうな顔で私を見ているお母さん。彼女は電話をぎゅぅと握りしめていた。
間抜けな泥棒。計画性がまるで無かった。何か切羽詰まるような事情があったのだろう、と彼の薄汚れた帽子をぼんやり見て思った。悪い人を追い詰めたお父さんがヒーローに見えた。間抜けな私。私には拳銃が突き付けられていた。逃げる機会はあっただろうと、一歩も動かなかった足に問いかける。
怪人の所に、ヒーローがやって来た。

「うーん、でも私にとってはやっぱり承太郎はヒーローなんだ。私もあんな風になりたい。…あっ、不良になりたい訳じゃない。」
「…それじゃあ、承太郎のことを、その、す、好きって訳じゃあないんだね?」

私は人質になった。頭にごりっ、と拳銃をつけられる。お父さんが少し近づいただけで、男は慌ててそちらに銃口を向けた。精神的余裕というのが、男には圧倒的に欠けていた。
そう思った私は、私を拘束していた男の腕を思いっきり噛んだ。
男の指はトリガーに掛かっていた。
発砲音と共に男の腕から逃れた。弾はお父さんにあたったのだと直ぐに理解した。お父さんの肩は赤く染まっていた。
テレビの中でヒーローは苦戦していた。

「え?承太郎のことは好きだけど?」
「え。」

男は腰を抜かして、ガタガタ震えていた。肩を抑えてうずくまるお父さんに、お母さんは駆け寄って必死に呼びかけていた。
もうお父さんはヒーローには見えなかった。
私だけが、しっかり立っていた。私、だけ。
何でも出来そうな気がして、拳銃を持っていた男の手を蹴り上げた。自分でも思ってた以上の強い力だった。拳銃が宙に飛ぶ。
膝をついて怪人に苦戦していたヒーローは、立ち上がった。

「花京院は、承太郎のこと好きじゃあないのか?」
「え。…………あっ、好きってそういう。そういうやつかぁ……。」

何とかしないと、と思った私の頭を過ぎったことといえば、私の不思議な力のこと。
私は自分が怪我した時に、不自然に傷が癒えたことがある。しかし、その理由とか方法は全く分からなかった。自分でもどうやったのか分からなかったから、他の人を治した事なんてなかった。
痛そうに顔を歪めているお父さんを見ているとやらなきゃいけない、と思った。
直感でわかる事があった。この不思議な力をお父さんに使ったら、何か大切なものを失う事になるという直感が。
ヒーローは怪人を倒した。

「承太郎のことは、仲間だとも友達だとも思っているよ。だから、嫌いな訳ないさ。」
「そっかあ。そうだよな。……じゃあ、私のことは?」
「え。えー……と。」
「どう?」
「……。小百合さんのこと、好きだよ、とても」
「へへ、嬉しいな。私も花京院のこと好きだよ」

直感は当たった。
出血の割に、父さんの怪我は銃弾が肩に掠めた程度の軽いものだった。
父さんは今日のことを、私が泥棒に襲われたことも、私が泥棒を蹴ったことも、全て忘れた。
その時は、なんとも思わないかった。私がテレビの中のヒーローみたいに頑張ったことを父さんが覚えてなかったのは少し残念だったけど、父さんの怪我を私が治せたことの方が嬉しかったからだ。
1日くらいの記憶の有無なんて、どうとも思わなかった。

「私は花京院のこと、とても大切な仲間で、友達だと思ってるよ。」
「……うん。知ってた。」

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