盃兄弟に振り回される海兵志望


この掃き溜めのような山賊集団に預けられるようになってから、ずいぶん時が経った。ガープさんが信用できる奴らだというから、のこのこ着いてきたが最後。大恩のあるガープさんに文句は言えないが、ストレスのたまる毎日を送る羽目になっている。こんなことなら、海軍で扱かれていたほうが良かった、と思ったり思わなかったり。
頭のダダンはうるさいし、山賊どもは下品でもっとうるさい。うるさいのは好きじゃない。第一、私は将来ガープさんのような立派な海兵になりたいのに、海軍の英雄になりたいのに、こんな札付きの奴らと共に生活をするなんて。柄の悪い奴らとの生活は慣れっこと言えば、確かにそうではあるが。

でも私が一番気に入らないのは、私より先にこの一家に預けられていたクソガキのエースだ。ガープさんには孫のような存在と紹介された。羨ましいことに、随分目をかけられているらしかった。
それなのにあのバカは、世話になったであろうガープさんに感謝の念も、敬愛の態度も示さないばかりか、「海兵には絶対にならない、俺は海賊になるんだ」なんて事をのたまう始末。当然、海兵になりたい私と海賊になりたい奴との仲は、最悪だ。まあ、どちらかと言えば、私が一方的にアイツを目の敵にしている、が正しい現状かもしれない。

しかし、大変遺憾なことに、私とエースとは年頃が同じということがあってか、ダダン一家の奴らからは何かとセットで扱われることが多い。
ダダンから言い渡される仕事の大抵は、しょうもなく面倒でよろしくない雑用だ。大抵無視している。将来の海兵たる私に山賊稼業に協力する義理など無いーーと言いつつも、ダダンの命令を聞かない理由としては、エースがしないから、というものが大きい。あいつがしないものを私がする、というのは不平等のように感じるのだ。

問題は食料調達である。これは私の生命活動に直接関わってくるものだから、真剣にせざるを得ない。私とエースの実力と狩の効率を考えると二人でせねばならなかった。そこいらのチンピラになら一人で勝つ自信はあるが、そこいらの熊に一人で勝つ自信はまだ無い。暗黙の了解。食い物の為ならやむなし。そこら辺の意識は、エースも同様らしい。

そんな微妙な関係であった私とエースであるが、一体どうしたことか。最近になって、エースが少し、若干、ごく僅かに、丸くなった。勿論、体型のことではなく中身のことだ。誰に対してもツンツントゲトゲしていた奴だが、いつの日からか、「おい」

「なんだ、エース」
「……、今から一緒に手合わせしねぇか?」
「……。いや、遠慮しとく」
「遠慮はいらねー、相手しろ」
「命令するな。ぶちのめすぞ」
「はっ、返り討ちにしてやるよ」

これである。
まだまだカチンとくる態度ではあるが、前よりはぜんっぜんマシになった。だって、コミュニケーション出来てるもの。暴言の投げ合いであろうとも、会話のキャッチボールをしてるもの。
前はそもそも話し掛けられることが皆無だった、気がする。アイツは、たまに目が合ったと思ったら睨み付けてくるのだ。
嫌な奴である。

正直、こうなった心当たりがない。しかし、そこまで悪い気はしていない。何故だろう。自分の心理を考えてみれば、ぼんやりと理解はできる。認めるのは癪だが、エースは子供のくせに結構強い。そんな奴に手合わせを申し込まれるのは、なんだか、気分が良い。

「おいエース、どこまで行く気だ? 手合わせなら森の中でも良いだろう」
「……別にどこでもいいだろ」
「そうだけど……、なんだ? 何か隠してるのか?」
「……」
「……って、おい、置いて行くな!」

仕方なく付いていった先にあったのは、あの最悪なごみ山と、一人のガキだった。

「おう、俺はサボ。これからよろしくな!」

どういうことだ、とエースを睨んだら、ヤツは私とこいつを残して、どっかに行ってしまった。どういうことだ。

「……小百合だ。よろしくする気は無い。エースのダチだなんて、ロクでも無いクソガキに決まってるからな」
「まぁ、間違っちゃねーけど。その理屈で言ったら、小百合もロクでも無いクソガキってことだよな」
「……! 、ふんっ、バカかお前。私はエースのダチじゃ無いからロクでも無くはない」
「ふーん、クソガキは否定しないのか」
「……、……! ク、ソ、ガ、キだからなっ、私はっ!」
「ッ、ハハハッ、変な奴だな、小百合って」
「……」

口が回るクソガキだ。生意気だ。快活に笑いやがって。
しかし、なんだこいつの、この、感じは。
クソガキって言ってもバカって言っても、キレたりしないクソガキが、この世には居たのか。クソガキがこんなに屈託無く笑えるもんなのか。……。それはもはや、クソガキと言えるのか?

「……お前、なんで、アイツと連んでるんだ?」
「ん? アイツって、エースのことか」
「ああ……アイツは、自分勝手で、短気で、偉そうで、目つきも悪いし、海賊なんぞ目指してるやつだ。……すぐキレるし」
「……ま、エースは確かにキレやすいトコもあるけど、いい奴だぜ? あー、あと、海賊目指してんのは俺もだ」
「……」

前言撤回。こいつは将来の敵じゃないか。

「お前も、海賊か……。私は海兵を目指してるんだ! やっぱり、お前らとは連んでいられないな」
「お、おい! どこ行くんだよ?」
「帰る。未来の賊と話すことなんてない」
「おいおい……、お前なあっ」
「、おい、離せっ」

サボはその場から去ろうとした私の腕を掴んで、止めてきた。
呆れたように息を吐く姿にイラっとくる。

「エースから聞いてたまんまのヤツだな、ほんと。頭がかたくて、話を聞かない」
「な、なんだとっ!?」
「んでもって短気で、すぐキレる」
「な、な、なっ……!」

私に言い聞かせるように、いやに態とらしく声を張ってサボは言った。そのあんまりな内容に私が何も言い返せずにいると、吹き出すようにして笑いだした。

「へへっ、エースと似てるな、小百合は。エースから聞いた時も思ったんだよ、オレ」
「どこがっ……! やっぱり喧嘩売ってるだろ、お前っ」
「いやいや、そんな気ねーよ! 」
「その気が無くて言ってんのなら、なおさらタチが悪い!」

なんだか怒るのにも疲れた。こいつは今まで会ったことのないタイプの人間だーー会ってきた人間なんてそんなに多くはないけれど。ましてやこの年頃のガキなんてエース位しか知らなかったけど。
怒りを納めんと美味くもない空気を吸って深呼吸し、なんとか落ち着かせていると、私に帰る気が失せたのを悟ったのか、サボは私の横にどかりと座った。

「……さっき、未来の敵だとか言ったてたけど、それってさ今は違うってことだよな?」
「あ?」
「いや、オレもエースも確かに海賊になるつもりだし、お前も海兵になるかもしれないけど。オレもエースも、んで小百合も、今はまだただのクソガキだろ?」
「……」

確かにな、と思ってしまった。どんなに大口叩いても、まだ私は、ただの生意気なクソガキだ。今、海賊だ海兵だという理由でもって、関わりを拒絶するのは、おかしいのかもしれない。

「……エースもお前も、海賊になったら、私は海兵になって、地の果てまでも追いかけて捕まえてボコボコにしてやる」
「お、おっかねえな……」
「けど、それまでは、海賊になるまでは、見逃しといてやる。私もまだ唯のクソガキだからな……、って、エースにも言っておけ! 私は帰る! ま、またな」
「え、ちょ、今の流れで帰んの!?」

気恥ずかしくなったのだ。なにせ、年の近いやつとこんなに長く話したのは、初めてだったから。
こうして、私もどうしようもないクソガキの仲間入りを果たしたわけである。

因みに、勝手に帰った私に怒ったエースとは、その後一週間くらい口を利かない状態が続いた。
なんでもエースは、ガープさんを尊敬して拳一つで戦おうとする私に、何か丁度良い武器を探してたらしい。曰く、手合わせするのにフェアじゃないだとか。
それに対して私も怒った。好きでそうしているのに余計なお世話だと。
私と奴はとことん気が合わない。
サボの仲裁がなかったら、きっと喧嘩は一ヶ月は続いただろう。


**


「盃を交わすと、兄弟になれる? ……で、何で私にそれを言う」
「小百合も飲もう! オレと兄弟になろう!」
「……じゃあルフィ。おまえがガープさんの言う通り、海兵に成るってんなら、飲んでやるよ」
「えーーッ! そ、それは嫌だっ、オレは海賊になるんだ! 海兵にゃ、ならねえ!」
「、なら私も兄弟にはならん。ほら、早くあのクソガキ共のとこ行ってこい」
「それも断る! 小百合も来いよ!」

ブーと膨れたルフィの顔を無理やりサボたちのいる方向へ向けるが、グッと踏ん張られ、押し合いへし合いな地味な攻防が続いた。

「ほら、行けっつってんだろが……! しつこいぞ、ルフィ!」
「エースとサボにも頼まれてんだ! 諦めねぇぞ、オレは!!」
「…………は?」
「ドワッ」

聞き捨てならない言葉に、ルフィを押していた力が抜けた。そのせいで重心をこちらに傾けていたルフィが顔から地面にぶつかったが、まあゴムだし平気だろう。
それより何だ。エースとサボに頼まれた、って。私はてっきりまたルフィが一人で騒いでるだけかと。

「急に何だよ小百合〜……」
「……そこまで言うなら、行ってやらんことも、ない」
「えっ、ホントか!?」
「ただし! 私は飲まない、行くだけだぞ」
「しししっ、早く行こう!」
「……はぁ」

こいつ話聞いていないな……。にこにこと上機嫌なルフィに手を引っぱられる。そんな私を待ち受けていたのはエースとサボ、と一つの赤い盃だった。……一つの?

「エース、サボ、小百合連れて来たぞ!」
「お! よくやった、ルフィ!」
「ルフィには甘いよな、お前」
「……」

したり顔のエースにそんなことない、と否定したいが出来ない。私はルフィに少し甘いところがある。だってガープさんの孫なのだ、ルフィは。どんなにアホでもバカでもゴムでも、ガープさんの孫だと思うと、可愛く見えないこともない。

「よし。じゃあサボ、ルフィ、作戦通り…………小百合を抑えろ」
「おう!」「わかった!」
「…………はぁっ!!?」

突然のことに対処が遅れた私は、サボとルフィ二人掛かりで羽交い締めにされた。

「おいサボ、はーなーせー!! 私を騙したな、ルフィ!? 」
「悪りぃ小百合!これもオレたちとお前の将来のためだ!」
「ごめんな小百合、でもオレ騙したわけじゃねぇぞ!」
「クソ野郎共めッ……!」

一瞬、日頃から悪態をつきまくっている報復かと思ったが、一つの盃に酒を注ぐエースのクソ野郎を見るに、そうではないらしい。

「オレらはもう酒を飲んで兄弟になった。あとはお前の分だけだぜ、小百合」
「……先に飲んだってお前なぁ……、兄弟の契りってそんなんでいいのか? 盃を交わすんだろ?」
「まぁ、平気だろ。気にすんな」
「適当だな……100歩譲ってそれで良いとして、……私をわざわざ羽交い締めにする必要あるか?」
「……なんだよ、素直に飲むのか?」
「いや、飲まないけど」
「やっぱ飲まねぇんじゃねーか!だからこうやってんだよ、ガンコ頭!」
「!!! むぐ、ぅぐぐぐぅう……っ!」

理不尽、逆ギレだ! エースが、なみなみ酒の入った盃を私の口に突っ込んできた。顔に掛かったり服に溢れたりで、半分以上が盃から溢れて悲惨な状況だ。しかし残った酒はしっかり口の中に入って、押し付けられる盃のせいで、うっかり飲み込んでしまった。

「無理矢理ッ、無理矢理飲まされた……! この外道共め、呪ってやるぞ……っ!」

むせながら言った恨み言も、悪童達の前ではなんの効力も持たないようだ。私が酒を飲んだことが分かると、サボとルフィは一仕事終えた、といったような顔で速やかに離れていった。ただただ腹立たしい。

「これで小百合も兄弟だな!」
「いやー、頑張った甲斐があったな!……ちょっと無理矢理だったけど……」
「へっ、オレらの酒を断ったあいつが悪い」
「……ちくしょうっ、タチの悪い酔っ払い上司か、おのれらは!」

ゴシゴシと袖でべたついた口元を拭く。えらい目に遭った、何が兄弟だ。
ギロリとサボを睨むと苦笑いをして顔を逸らされた。こいつ、さっき将来がどーのとわけのわからないことを言っていたな。

「おいサボ、私が兄弟になるのと将来、何の関係があるんだ?」
「えっいや、だって……、なあ、エース!」
「はぁ!? 何で俺に振るんだよ、言い出しっぺはお前だろサボ!」
「うっ、そうだけど、……エースだって同じこと考えてたって言ってただろ!」
「い、いい、言って、ねえよ……」
「嘘つくの下手か、お前!」

質問しただけだっていうのに、何故こいつらは二人でコントしてるのだろう。バカだからだろうか。
白けた目でその様を見ていると、ルフィが殊更に楽しそうに私の腕を引っ張ってきた。いや、私はまださっきの事許してないからな。

「なんだよ、ちびゴム」
「エースとサボな、小百合がいねぇと寂しいんだってよ! あ、オレもだけどな!」
「、それって、」
「だあああ!!? 何で言っちまうんだよ、ルフィ!」
「オレはそんなこと言ってねえよ!!」
「えー? 二人とも言ってたじゃねぇか。なんでそんな怒ってんだ?」

目を三角にしてルフィに怒鳴りかかる二人だが、顔が赤いからか迫力がない。
終いには、あっけらかんとしているルフィに、溜息をついて脱力している。情けない兄貴たちだ。
そうだ、この三人が集まってると、いつだってぎゃあぎゃあと騒がしい。寂しさなんかとは、無縁の騒がしさだ。

「……何で、何で寂しがるんだよ。意味がわからない」

低い声でそう尋ねると、観念した様子でサボが遠慮がちに口を開いた。

「……だってよぉ、オレ達三人は海賊になるけど、小百合は一人で海兵になるんだろ? ただ敵同士になるなんて、そんなの……何つーか、寂しいだろ」
「……」

口を尖らせながら言うサボは、いつも以上にガキみたいだった。なんて返したらいいか分からなくなって私はうつむいてきつく歯を食いしばった。私もガキみたいだ。

「……お前頑固で融通きかねェから、こうするしか思いつかなかったんだよ」
「……」

頑固なのはお前もだろが、バカエース。

「オレは小百合を仲間にすること諦めてねぇぞ!」
「バーカ、俺は諦めてねェよ。ま、サボは違うみてェだけどな」
「いや俺だって諦めてるわけじゃっ……、つーかこれ小百合の前で言ったらマズいやつじゃなかったか……?」
「ハッ、しまったそうだった!」
「……」

三馬鹿が私を伺うようにして見ている。いつもなら私を海賊の道に引きずり込もうとする奴には鉄拳制裁だが、それよりも今は顔を見られたくなくて、何も言わず背を向けた。
歯を食いしばってもどうしても、顔が緩んでしまうからだ。

「……言っておくが! 兄弟だろうと何だろうと、私は容赦するような人間じゃない。むしろ、身内の不祥事として、余計に燃えるたちだ! 覚悟しとけ!!」
「「「えェーーッ!!?」」」

とりあえず、今度ガープさんが来たらこの馬鹿三兄弟をコテンパンにしてもらって、海賊になることを諦めさせよう。
この三馬鹿と馬鹿してるのは、私も嫌いではないのだ。

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