ミステリー小説家2



復讐と簡単に一言でいっても、その中身は様々だ。しかし、憎い相手を苦しめようとする気持ち、その一点で復讐者と言うものは共通していると、私は思う。

私が父を失ったのは、小学生の頃。母が病で長期入院中の時であった。
父は寝室で眠るようにして死んでいた。警察が私の家を調べる。捜査は意外なほど早く終わった。自殺。父の死はそう片付けられた。確かに父は、寝室で、ベットの上で死んでいた。暴れた形跡もない、挙句睡眠薬を持っていた。自殺と思われても仕方なかったのかもしれない。

しかし、私は信じられなかった。どうしようもない違和感が喉を締め付ける様にして苦しくてしかたなかった。父は立派な人だ、優しい人だ。自殺なんてする筈が無い、後ろめたい事なんて有る筈がない。誰か悪い人に殺されたんだ。そうに違いない。
推理なんかではなく、子どもの思い込みとも言える直感だった。だが、その直感を今でも私は信じている。必ず父を殺した犯人を捕まえる。

それだけの為に今迄生きてきたと言っても過言ではない。生活の合間をぬって、父の交友関係を調べたり、過去を洗い出したり。また、病に伏す母の治療費を少しでも稼ぐ為色々した。父の残した貯金だけでは苦しい生活だった。そんな殺伐とした生活の中での唯一の楽しみが推理小説だった。小説のなかでは、必ず犯人が捕まる。小説の主人公に憧れた私は、遊び半分で私自身をモデルにした推理小説を書いた。折角書いたのだから、と母に勧められ、それを公募に出した。そしたら、賞を貰った。

こうして、推理小説家の今の私がいる。
小説が売れれば、私の名も有名になる。あえて本名を使う理由は、その名を見て自分が殺した奴の娘だ、と犯人が精神的に追い詰められればいい、と言うものだ。

要するに、私は自分の復讐の為に小説を書いている。

「私は父の仇を討ちたいだけなんです、小説の主人公みたいに、なんて。まるで時代小説みたいですね。」

今時流行らないかなー、なんていて言って笑ってみせる。安室さんは少し眉を下げ笑った。

「僕は、いいと思いますよ。そういうの。」
「あはは、いいんですよ?お世辞なんて言ってくれなくても。褒められた理由ではないと、自覚してます。」
「お世辞とかじゃ、ないんですけどね。」


取材の帰り、喫茶店ポアロに立ち寄ったら他に客が居なかった。残念、コナン君は居ないのか。なら、コーヒー一杯だか貰って帰ろうか、と思い梓さんに注文する。適当な席に座りしばらく待つと、安室さんがコーヒーを持ってきた。クッキーと一緒に。

「あれ、クッキーなんて付いてましたっけ?」
「これは僕からのサービスですよ。いつも贔屓にしてくださるので。」
「わあ、ありがとうございます。」

嬉しいサービスだな、と笑顔で受け取ると安室さんは前の席に腰を下ろした。何事か。

「というのは建前で、実は推理小説家である小百合さんと一度ゆっくり話をしてみたくて。」

ちょっとした誠意です、とにこにこと言う安室さん。つまり賄賂か。山吹色のお菓子は実際に食べることができる仕様である。実に美味しそうだ、断れない。

「私なんかの話なら、喜んで。」


こういった経緯があって安室さんと話していたわけだが、この安室さん、私の小説をだいぶ読み込んでいる。ちょっと意外だ、と驚いていると、何故小説家になろうと思ったのかと質問された。
あまり重い話はしたくない為、私の過去をだいぶ端折って伝えた。普通は反応に困る理由だと思うのだが、探偵だからか何なのか、真面目な顔をして肯定するので、何だか照れ臭い。
思ったより長居してしまった。

「そろそろ帰りますね。」
「ああ、引き止めてしまいましたね。すみません。けど色々お話してくて、有難うございした。」
「いえ、私こそ。クッキー美味しかったです。」
「良ければ、また、僕とこうしてお話してくれますか?」
「、ええ。構いませんよ。」

小説家といえども、そんなに話が上手いわけではないのだけれど。此処まで、私と話がしたいと言うことは、安室さんはやはり……。

「もしかして、安室さん。ファンなんですか? 私の小説の。」

揶揄う気持ちで言うと、安室さんはキョトンとしたのち笑った。

「ええ、そうなんです。僕、貴女のファンなんですよ。」

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