大谷妹3

初耳なことが多すぎる


半兵衛様から直接頼まれてしまえば、断ることなど出来るはずがない。官兵衛様への書状を石田様と二人で届けに行くことになった。最近私は彼の前では私情により大変気不味い思いをしているのだが、当の石田様といえばあいもかわらずの澄ました顔で私の少し前を歩いていた。仕事に関わる事となると、信じられない程真面目な人だ。私と彼の間に会話はない。もう直ぐ到着する。


「おう、よく来てくれたな、小百合。」
「官兵衛様、お久しぶりです。」
「半兵衛様から書状だ、早く受け取れ。」

官兵衛様は大阪に来たとき、半兵衛様や兄様が忙しくてなかなか教えを請えず落ち込んでいた私に丁寧に教えてくれた優しい人だ。それ以来、半兵衛様と並ぶ師として官兵衛様、と呼び慕っている。
しかし、石田様にその気はさらさらない様で官兵衛様に対して失礼な言動が目立つ。もともと石田様は愛想などカケラもない様な方ではあるが何故、官兵衛様に此処まで素気無くするのか私は分からない。

「お前は相変わらずだなぁ、三成。一応言っておくが、小生の方がお前さんより年上なんだからな。」
「そんな事言われずとも知っている。馬鹿に対する礼儀など必要無い、それだけだ。」
「そんなっ、失礼です、石田様。官兵衛様はとても聡明でいらっしゃると言うのに。」

官兵衛様を馬鹿だなんて、酷い事を言う石田様に注意すると、ギョッとした顔で見られた。そう言えば、官兵衛様を師事していることを石田様に言っていない。第一、この三人で集まることなど今迄無かった。
恐ろしく凶悪な目付きで官兵衛様を睨む石田様は、わなわなと震え刀に手を掛けた。

「官兵衛ぇ、貴様、小百合をいつの間に誑かした{emj_ip_0793} どうせ貴様の虫唾が走る様な下手な甘言で付け入ったのだろうな…。」

斬滅してくれる、と抜刀する石田様に呆然とする。何を言い出すのだろうこの人は、私が誑かされているなんてこと有るはずないのに。官兵衛様も同様だったが、はっとして慌てだした。

「待て待てっ、決め付けは良くないぞ!小生が誑かすなんてこと出来るはずがないだろうっ{emj_ip_0793}」
「貴様に関しては、疑わしきは罰すと決めている。それに刑部にも任されている。こいつに近づく輩は斬り捨てよとな。」

聞き捨てならない言葉が出てきた。兄様に任されている?刀を構えている石田様の前に飛び出す。

「あのお優しい兄様がっ、そんな物騒な事言うはずありません!それに、官兵衛様はお見合いだってした事ない方なのです。そんな方が誑かすなんてこと、出来る訳がないでしょう?」
「.........。」

石田様が無言で刀を収める。良かった、言いたいことが伝わったみたいだ。官兵衛様は安心したのか、大きく溜め息をついた。心なしか 落ち込んでいるように見えなくも無いが、気のせいだろうか。

「帰るぞ、小百合。」
「え、もうですか?」
「用事は済んだ。刑部が貴様の帰りを待っている。」
「まあ、兄様が私を?それは急がなくては…。官兵衛様、お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。大阪にきたら、また色々教えて下さいね。」

それでは、また。官兵衛様に別れを告げて、
すたすたと去って行く石田様を追いかける。



去って行く二人を見つめながら再び溜め息をつく。見合いをした事がないのは事実だが、小百合に言われると、刑部や三成に馬鹿にされる時より余計胸に突き刺さるものがある。自分を慕い敬ってくれる若い娘を、気に入らないわけがないのだ。第一、全く下心無しに近づいたかと言えば嘘になる。
三成が刀を収めたのは、ああ言う小百合を見て小生が、小百合に近づく邪な輩にすら入らないと判断したからだろう。見下されてやがる、ちくしょう。お前だって小百合からなんとも思われていない癖に。

官兵衛は先程まで落ち込んだ様子で項垂れていたが、三成に対する悪態をブツブツと呟いた後、いつかギャフンと言わせてやるのだ、と息巻いた。

黒田官兵衛は立ち直りの早い男である。





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