大谷妹5



「よっ、小百合ちゃん。」

半兵衛様から頼まれた書類を自室で整理する私のもとに、ひょこりと現れたのは石田様の部下の島様だった。遠国で行われた戦から帰ってきたらしい。石田様や兄様は未だ軍議に参加している。

「島様、何か私にご用で?」
「いやあ、特に用は無いんだけどさ、最近会ってなかったろ?どうしてんのかなぁ、と思って。」
「ああ、確かにお会いするは久し振りですね。見ての通り、仕事です。」

敗北の二文字を知らない豊臣は、その力でもって他軍を圧倒している。近隣諸国は既に豊臣支配下にあるため、遠国における他領での戦が以前にも増して行われている。遠国への移動や軍備を踏まえると中々の時間が必要だ。大変だろうに、島様はいつ見ても楽しそうで素直に尊敬する。

戦で忙しい方々の代わりに、こうして私の様な戦場に出ないものに事務的な仕事が回ってくるのだ、大量に。戦場に立つお人とは比べ物にならないだろうが、これはこれで割と大変である。
故に、外で戦働きするお人と、必然的に内に籠ることになる私とでは、意識していないと会う機会も減ってしまうものだ。

「俺だけじゃねぇよ。三成様も、その上、刑部さんともまともに喋ってなかったろ?二人ともいつも通りの怖い顔だったけどさ、きっと寂しがってるぜ?」
「ふふっ、まさか。あの石田様が寂しがるなんて、想像出来ません。…それに、兄様だって私に会わずとも、石田様や、島様だっているのだし。」
「……ふーん、そうかねー?けど小百合ちゃんはどうな訳? 因みに、俺はすっごーく寂しかったけど。」

軽い調子で尋ねてくる島様。
兄様と長らく会っていない、にも関わらず私は思ったよりも辛く無い。この事実に今気付いて、密かに戸惑う。何故、か。
最近は、仕事の忙しさで他の事を考える時間が圧迫されたから、だろうか。それもきっとあるかもしれない。
けれど、最初に頭に浮かんだのは、あの人の眩しい笑顔で。

「……大丈夫ですよ、私。そんなに寂しくなかったです。」
「マジで?」
「本当に。仕事のせいかもしれないけれど……、ああ、それに家康様が時々会いにきてくれたんです。あの人もきっと忙しいのに。だからでしょうかね?」
「……家康が?」

私が家康様の名前を出すと、島様は驚いた顔をした。ついで怪訝な表情になり、口元に手をやって宙を睨んで何かブツブツと呟きながら考え事をしだした。……抜け駆け?戦国最強の無駄遣い?何のことだろう。
その様子をしばらく見ていると、島様は急に目を見開きこちらを見て、私の肩をがっ、と掴んだ。
びくり、と肩がこわばる。

「家康は辞めときなって! あいつ絶対イカサマ野郎だからっ、絶対三成様の方がいいから!」

それも嫌なら俺でも良いし、寧ろそうなって欲しいし! と必死の形相で言られた。
何のことだか、私にはさっぱり。

そこで、すぱん、と派手な音をたてて部屋の戸が開いた。あ、石田様。軍議はもう終わったのだろうか。

「左近…、何処で油を売っていたかと思えば、貴様ァ。貴様で、一体、何が良いと言うんだ……?」
「げ、み、三成様。よりにもよって、其処だけ聞いちゃったんスか?」
「御託はいい。その手を離せ。」

石田様に言われ慌てて私の肩から手を離す島様。尚も石田様の冷ややかな目は島様に注がれる。

「兵法書を読むのではなかったのか?」
「あー、いや、これは…。ちょっとした息抜きってゆーか…。」
「そうか、貴様は、貴様の怠惰の為に半兵衛様から仕事を託された小百合の邪魔をするというのか。」
「い、いやっ!そんなつもり全然っ!」
「その上あの様な軽口……。」
「あ、あははー……。」

冷や汗をかきながら笑って濁す島様に、既に石田様は呆れた様子である。目を閉じ溜息をつく石田様の様子は、何だか新鮮だった。
石田様の目が私に向く。

「貴様も貴様だ、小百合。左近にまともに付き合っていては、仕事が進まん。」
「はあ。そう、ですね。」
「…早く終わらせて、刑部に会って来い。奴の潮らしい様は見ていられない。」
「は、はい。そうします。」

本当に、こんな人だったろうか?こんなに面倒見が良い人では無かったのに。島様という部下が出来てから、少し変わられたのか、それとも、私の彼に対する偏見が今迄そう思わせていたのか。

「刑部さんが潮らしい……? まったく想像できねーや……。」
「貴様、呑気に言ってる場合か……?疾く魔除けの備えをしておくんだな。私は刑部にこの事を伝える。」

今度は静かに戸を開け部屋を出て行く石田様。残されたのは私と、顔を一気に青褪めたさせた島様。

「え……。魔、除け?ち、ちょっと、それは洒落になんねぇって……!」

俺刑部さんに呪われちまう、と言ってばたばたと慌てて部屋を出て行く島様。兄様に呪われる、なんて失礼な人。開けっ放しにされた戸を見て思う。
でも何だか憎めなくて、少し笑った。

「早く仕事、終わらせよう。」

開けっ放しにしたままだった戸を、空を見上げながらゆっくり閉める。
今日は家康様来ないのかな、とふと思った。

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