甘く抱いて離さないでB



「えっ!?家見つかったの!?」

翌日。
また、午後から授業の実弥を置いて午前中の授業の最中、隣に座っているハルに昨日マスターが言ってくれた事を掻い摘んで話した。

「うん!今月中に出て行くみたいだから、そしたらすぐに入れてくれるって言ってて。」
「えーすごい!!てか、バイト先のマスターの所なんて安全じゃん!それなら不死川くんもOKだろうね。…いいなぁ。ゆき乃の行動力って半端ないよね。…あたしもあやかりたい。」

ぐだーって机に腕を投げ出すハル。
一度目を閉じたハルはパチっと大きな目を開けると自重的に笑った。珍しく落ち込んでる?

「杏寿郎くんとなんかあったの?」

私が聞くと苦笑いで視線を絡ませた。

「なんてゆうか、話が通じなくて。ほらクリスマスでしょもうすぐ!それでこっそり何が欲しいのか探ってるんだけど、あたしが何か聞くと、どうした?とか、答えを求められて…ゆき乃みたいに可愛い引き出し持ってないから、何も答えられなくて結局いいやって、何も聞けてなくて…。初めて一緒に過ごすクリスマスだし、特別なものにしたいって思ってるんだけど、なんかうまくできなくて…。」

勝手にこの二人は順調だって思っていたけれど、それなにり悩みはあるのね…。
目には見えなくとも、二人にしか分からない悩みもあるんだと思うと、自分たちは物凄く幸せに思えてならない。
むしろ順調なのはハル達よりも私たち?

「いやでもさ、それって幸せな悩みだよね!でも確かに杏寿郎くんにサプライズは無理かもねぇ!」

ぷぷぷ…想像するだけでちょっと笑いが起こった。
目をまん丸く見開いてハルに尋問している姿が浮かんでまた笑えた。

「とりあえず私はクリスマスの前に実弥のお誕生日だから、手料理の腕をあげなきゃ!」

当日は不死川家でみんなでパーティーをしようって玄弥くん達と計画を立てていて。実弥の好きなおはぎも手作りしなきゃーって、今は何度か練習で作ったりもしていた。
プレゼントは、新居の鍵と決めている。

「喜んでくれるといいなぁ、実弥。」

木漏れ日の指す講義室の後ろ。
頬杖をついて実弥との未来を夢見ながらこの日の授業を終えた私に、それは突然やってきたんだ。






「不死川くん!これさっきの講義のノートのコピーとっといたよ。」
「…悪りぃな、助かる。」
「いいよ、いいよ、これくらい。」
「マジで助かる。今度珈琲ぐらい奢るよ。」
「ほんと?嬉しい!!楽しみにしてるね!」
「あァ。じゃーな。」

くるりと向きを変えて歩いてくる実弥は、すぐに私に気づいて軽く微笑んだ。
つーか誰?その女!だって見てる。こっちに歩いてくる実弥の後ろ姿を食い入るように見てる。
そして、私の前に来た実弥から視線をこちらにズラすと、まるで子供が無視をするみたいに、顔を背けて行ってしまった。
…どっかで見た気がする、あの女。

「なに怒ってんだァ?豚みてぇだぞ、顔が。」

頬を摘んで笑う実弥をジロリと睨みあげた。

「誰?あの人。」
「あ?同じ講義の女。名前は覚えちゃいねぇが、最近よくノートのコピーくれるから正直助かってる。」

確かにバイト三昧な実弥は、講義ではほとんど寝てしまっている。私が隣にいる講義でも寝ている事のが多く、だからいつもノートのコピーをあげている。だから実弥の言ってることは分かるんだけど…

「あの女、絶対実弥のこと好きだよ。」
「はァ!?そんなわけねぇだろ。お前いんの知ってるし。」
「…だって、実弥を見る目が恋する目だったもん。分かるよ、私だってそーいう目で実弥の事見てるから。」
「お前、恥ずかしい事言ってんなよ!馬鹿がァ!」

顔を逸らす実弥の前に身体ごと移動してまた睨む。

「恥ずかしい事なんて言ってないよ!はぐらかさないで!」
「わーった、わーったから、静かにしろ。な?」

ポンポンって子供をあやすみたいに私の頭を撫でる実弥。弟や妹にするみたいに私に触れる実弥にまたイラッとしたけれど、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

忘れていたわけじゃないけど、この人は私の彼氏であるけど、元々は女にモテる人だった。

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