甘く抱いて離さないでC



「どうした?モヤついているのか?」

今日は杏寿郎くんがカテキョのバイトで、相変わらずカフェは賑わっていた。
15分休憩しようって杏寿郎くんがカウンターで珈琲を飲んでいて、ボーっとしていた私にそんな問いかけが飛んできた。
大きな目に捉えられるとちょっと目が離せなくなる。

「…杏寿郎くんって、人の事よく見てるよね。」
「ゆき乃はハルともいつも一緒だし、何か悩んでる事があるのかぐらいは見ていれば分かる。俺でよければ聞くが?」

不死川の事であろう?と、付け足して言った杏寿郎くんに私はふうーっと一つ息を吐き出す。

「私保育学取ってないからなんとも言えないんだけど、やっぱり女子のが多いじゃない、保育学って。だから実弥みたいな男子がいると目立ってるのかなぁ?って。ノートのコピー渡してる女がいて、実弥のこと、恋する目で見てた。」

腕組みをして私の言葉を聞いていた杏寿郎くんは、何故か急にガハハハハハ!!と、笑いだした。
普段から声がデカい杏寿郎くんの笑い声はめちゃめちゃデカくて、お店中の視線を集めている。
若干引きつつ杏寿郎くんを見つめ直すと「なるほど!」って頷いてニッコリ微笑んだ。

「ゆき乃は本当に不死川が大好きなんだな!」
「へ?」
「安心しろ。どんな女に言い寄られても不死川はゆき乃の事しか見ていない。自信を持て、キミは不死川が愛した女性なのだから。」

ドカッ!っと杏寿郎くんの愛のムチが私の二の腕に飛んできて、すんげぇ痛かった。
だけれど、杏寿郎くんのお陰で、自分の悩みが小さな事に思えて、さっきよりもずっと心が軽くなっていた。
杏寿郎くんてばこの手の話に疎いんだって、勝手に思っていたけれど、案外目ざといのかもしれないって。
だから私はそのままの流れで杏寿郎くんの耳元で小さく聞いた。

「クリスマス、ハルになにあげるの?」
「うむ。ペアリングなる物をあげようと思っているのだが、ハルの指のサイズがいまいち分からなくて。」
「ふは、そんなの私に聞いてくれればよかったのに!」

すぐ様ハルの指サイズを教えてあげると律儀にスマホにメモしている杏寿郎くんを見てすかさず続けた。

「じゃあ杏寿郎くんは、なにか欲しいものとかあるの?」
「…うむ、そうだな。強いて言うのなら、ハルの作ったサツマイモの手料理が食べたいかな、俺は。」

なんだ、この二人全然大丈夫じゃん!!
お互い言葉が足りないんじゃないの?
仕方ないから私はハルにLINEで杏寿郎くんとのやり取りを教えてあげよう。ペアリングを隠して。

「いいなぁペアリング。憧れちゃうよね、やっぱり。」

思わず手を宙に掲げてそこに指輪がハマるのを想像する。
家族の生活費を稼いでいる実弥からそんなプレゼントは望んでなんか居ない。けれど、いつかは自分たちもそんなプレゼントができればいいなと思っている。
形あるものは思い出にも残るし素敵だと思う。けれど、形のない物こそ、心を熱くさせるものであって、実弥って人はそれをちゃんと与えてくれるって思える。
ニヤつく頬を手で押さえると同時、カランとカフェのドアが開いて大好きな人が入ってきた。

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