口をパクパクしている私を他所に雪乃とジャンは既にダーツの前。なんならこっちを振り返ったジャンが「ここあ?」不思議顔で私を呼ぶ。その声に反応して雪乃もこちらに視線を向けた。早く!って顔で。だけどすぐに私の顔が強ばっているのが分かったのか無言で近寄ってくる。雪乃と、入口の彼と同時に。
「これはこれは、カフェの…こんな所で会うとは奇遇ですね」
まさかのあちらから話しかけてくれたんだ。
途端に身体中の血液が顔に集中するのが分かった。
「こ、こんばんは!」
そう挨拶するのが精一杯で、ガバりと頭を下げる私にクスクスって笑う彼。相変わらず高級そうなスーツに包まれた腕を伸ばしてポンと肩に手を置かれた。
「顔を上げてください。ここでは私は客ではなく、強いて言うなら、ただの男なので。ね、」
ニコリと微笑む眼鏡の奥の瞳が思ったより優しくて胸がドクンと大きく音を立てた。
ちょっと運命感じてしまうこんな展開。なんかもう自分でもよく分からなくて雪乃に助けを求めるように視線を移すと「爆イケ!!」…あろう事か、大声で叫ばれた。
でもその視線の先はーー「ここあ?なに?君たち知り合いだったの?」サングラスをかけて髪を下ろしているうちのオーナー五条さんに向かっている。
そしてその五条さんの連れが、私が毎朝気になっているという、あの人。
「ええまぁ。ってあなたは自分の店には顔を出さないんですか?」
「ボク?そういや最近行ってなかったな。もしかして七海は毎朝?」
「そうですよ。ですのでここあさんとも知り合いに」
一語一句聞き逃すもんか!と意気込んでいた私の耳に飛び込んできた彼の名前ーーななみさん。苗字?名前?どっちでもいい、彼の事を一つ知れた嬉しさで私の脳内は舞い上がっていた。
だからサラリと流してしまいそうになった。
「え、あの、私の名前ご存知なんですか?」
「名札、つけてますよね?ここあって。すいません間違えてましたか?」
そういや支給されたエプロンに自分の名前を刺繍してくれていたんだった。自分じゃ忘れていたけど。
「合ってます。ななみさんと仰るのですか?」
「あぁ私の名前、お伝えしていませんでしたね。申し遅れました、七海建人と申します」
綺麗なお辞儀をしながら、彼、七海さんはストライプのスーツの内ポケからスッと名刺を差し出した。そこに書いてあったのはオーナーの五条さんの弁護士事務所の名前。うちのCafeは副業って言っていたのを思い出したけれど、それもどうでもよくて。
「弁護士さんだったんですね…」
なんだか、住む世界が違うと思ってしまった。
そして今更ながら胸の弁護士バッジに目がいく。
「なんでも屋みたいなものですが、何かありましたらいつでも声をかけてください。お役にたちますので」
「はい。ありがとうございます」
小さく頭を下げると私の横、腕を掴んでいた雪乃がめっちゃ目をパチクリさせてこっちを見ていることに気づいた。あながち五条さんを紹介しろと言っているんだろうって思うけど。
「あ、あのオーナー。こちら私の大学時代の友達で、」
「雪乃です!!こんばんは!!爆イケなお兄さん!」
食い気味で自分を名乗った雪乃に五条さんはサングラスを軽くズラす。日本人とはかけ離れているブルーアイが顔を出してその目でジッと雪乃を見ると「見る目あるね〜雪乃ちゃあん。一緒に飲む?ボク食べるの専門だけど」なんて言葉。
「はいっ!!ぜひっ!!」
飛びつくように雪乃が五条さんの方に移動したから苦笑いのジャンと目が合った。
「おい雪乃、お前ダーツはどーすんだ?」
「え?あーうん。じゃあ爆イケなお兄さんと七海さんも一緒にダーツしませんか?」
「なになに?なんか賭け事?」
オーナーが悪ノリで雪乃に食いついた。内心心臓バクバクの私の前、七海さんが静かに行ったんだ。
「久々だな、ダーツなんて」
◆
せっかくやるならって、五条さんがなにか賭け事しよう!なんて言い出すから雪乃も喜んでそれに乗っかっていて、呆れ顔のジャンと苦笑いの私を他所に、どうしてか七海さんは楽しそうにしてくれている。
「これでも学生の頃はよくやってたんですよ」
雪乃が五条さんとペアを組んでくれたから自然と私は七海さんとのペアで。
負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞く!という結論に至った。ジャンは見守り役をかってでてくれる。会社の飲みは大丈夫?そう聞くと視線をそちらに移してから問題ねぇって笑った。
こーゆう優しい所、ジャンのいい所だと思う。
「いいですね、こうしてプライベートの貴女を見れるなんて」
後ろにあったビリヤード台に軽く腰掛けるようにしている七海さんにドキッとした。
銀眼鏡の下の瞳が真っ直ぐに私を捉えていて…
「えっと、あの、」
「実は貴女とこうしてお話してみたかったんです、私は。…あぁ、年甲斐もなくですね、すみません」
…ーーそこから先はあまり覚えていないんだ。