ーー勝負に勝ったのは五条さんと雪乃だった。
「すみません、こんな所まで…」
「構いませんよ。女性を一人で帰す方が気が進みませんし。…それにしても、雪乃さんがわざわざこの送り狼を選んだのは、ここあさんの気持ちととってもよいのでしょうか?」
勝負に勝った雪乃達は、この七海さんに私を家まで送り届けるなんて事を言い出して、今に至る。
あの後結局4人で飲んだりしたから、七海さんも車の運転はできない。ゆえに、駅からさほど遠くはないと話したらこうして徒歩で送ってくれている。
当たり前のように私を車道の内側に入れてくれて、段差があるならサッと手を差し出してくれたりもする。自然にそーいう事ができる人はなかなかいない気がする。というか、今まで私がそーいう人と出逢ってこなかった。
「七海さん、あの、」
「はい」
「…その、すみません。少し気になっていました。貴方がどんな人なのか…。恋とかそーいうレベルじゃないんです、ただ本当に毎日お店にいらしてくださって、とても素敵な方だったので…ーー」
もうどう言えばいいのかも分からず、素直に思っている事を言葉にするしか考えつかなくて。
どの道墓穴を掘るなら早い方がいい、なんて。
「それはすごく光栄です。こーいう時、五条さんならうまく持っていくのでしょうけど、生憎私にはそんなスキルは持っていません。ですので正直にいこうと思います。ここあさん、私も毎朝笑顔で接してくださる貴女が気になっています。私でよければ、お付き合いしてみませんか?」
嘘みたい、こんな夢の展開。
付き合うなんて大それたことを思っていた訳じゃない。ただどんな人なのか?知りたかった。
毎朝の挨拶だけで満たされていた訳でもなかったんだと実感したのは一緒にダーツをやった時に物凄く楽しかったからだ。
この人のことが知りたいーーその先に、いきたい。
「七海さんあの、本当に私なんかでよろしいんですか?」
弁護士さんなんかと付き合うなんて、そんなの出来るだろうか?不安がない訳では無い。
でも、信じたい、この人の言葉を。
「できればここあさんとがいいのですが、私は。それとも、五条さんのがお好きですか?」
銀眼鏡の奥がニッコリ微笑んでいる。
大人の男の余裕さえ見える。確かに五条さんも素敵だと思うけれど、こんなにも心をグッと掴まれてしまうのは、七海さんだけ。
「意地悪ですね。私は七海さんがいいです!」
「ならば、遠慮なく送り狼にならせていただきます」
繋がれた手はとても大きくて温かくて嬉しさで心が震えた。
こんな大人な始まりがあっても、許されるんじゃないだろうか…。
◆
「ねぇ待って!!なんかここあさん匂いが違げぇ!!気のせいかな、男もんの香水の匂いもしない?え?まさかとは思うけど俺に内緒で男できてないよね?」
試験期間が終わったらしく、大学生の善逸くんがバイトにシフトインしてすぐにそう言われた。
バイトの我妻善逸くんは、五感が人より優れていて、感情を嗅覚で読み取れる人だった。何がっていう理由すら分からないものの、機嫌がいいとか、悲しいとか、そーいう匂いを感じ取る事かできるらしく。
「なんかここあさんからすげー恋の匂いがするんだけど…」
「善逸くん、その、まぁできた、彼氏が。」
小さく口にすると絶句って顔をして項垂れた。
いやいやそんなに落ち込む事じゃないよねぇ?なんて思うけれど、少なからず私には懐いてくれていたからお姉さんに恋人ができたような感覚かなぁなんて思うわけで。
「どこのどいつだよ、まじ絶対ぇ許さねぇ!!!!」
ダンって大きく足踏みする善逸くんの目は据わっていて、どうしたもんかと思えた。
思うわけないよね、本気だなんて。
「ここあさん。俺本気だから。俺はね、ここあさんを恋人にするとかじゃなくて、お嫁さんにしたいと思ってるの。絶対に諦めないから!!!!」
鼻息荒く私の手首を掴んだ善逸くんは私の手の甲にちゅって小さなキスを落とす。
真っ直ぐに私を見つめてこう続けたんだーー
「ここあさんが好きです。大好きですっ!」
…トクンと胸が高鳴ってしまったのは、仕方がない事だよね。いつも笑顔の善逸くんが、恥ずかしそうにでも真剣に想いを伝えてくれた事は、純粋に嬉しいなんて、思っちゃダメなのかな?
◆
「なるほどなぁ〜!って、めちゃくちゃモテ期じゃねぇか、ここあ。一週間で2人の男に告られるなんてなぁ。」
クシャってジャンが私の長い髪を撫でた。
たまたま時間があってこの前ジャンと再会した時ゆっくり飲めなかったのもあり、久々に2人で飲みに来ていた。学生の頃は安いチェーン店ばかりに行っていたけれど、ここはなんてゆうか、ドラマに出てきそうな落ち着いた雰囲気の大人なBARだった。まさかジャンにこんな素敵な所に連れて来て貰うだなんて思いもしない。
昔の私を知っているジャンとはすごく気が楽で素の自分でいられる。だからついここ最近の出来事をポロッと話してしまった。まぁ、隠す事でもないんだけど。
「ごめんごめん、自慢に聞こえた?」
「言うじゃねぇか、てめぇ!」
ポカッてジャンの痛くない鉄拳が落ちた。見つめ合ってひとしきり笑った後、ほんの少し真剣なジャンの瞳が私を捉えた。
「で、どーすんだよ?そのバイトくんは。ここあの気持ちはこの前のダーツの男なんだろ?」
「善逸くんには悪いなぁと思うんだけど、七海さんしか見えてないというか…。勿論善逸くんはすごく優しいし女が喜ぶような言葉も沢山言ってくれるんだろうけど、私には勿体ない。まだ若いから他に可愛いくて彼に似合う子がいると思うの。うん。」
ウイスキーのロックを小さなグラスでゆっくりと飲むジャンは、そう言う私にちょっと苦笑いを飛ばす。昔から何か違うと思う事があれば口にしてきたジャンのその顔は、数年たった今でも忘れていないと思えた。
「なーに?なんか言いたそうだけど?」
「まぁなあ。素直にアイツが好きって言うならバイトも諦めるだろーけど、自分には勿体ねぇとか、他に良い奴がいるとか、そーいうのは逆に傷つけるんじゃねぇかあ?俺なら嫌だね、そんなフラれ方!」
…ーー痛いとこつかれた。
完全なる正論を飛ばされて何も言えなくなった。
ジャンの言う通りだ。本気で告白してくれた善逸くんに対してそんな断り方はない。私が善逸くんだったとしても、やっぱりジャンの言う通り傷ついてしまうんだと思う。
「本当だね、私ってば最低…」
「まぁでもそれも含めて俺はそんなお前が好きだけどな!傷つけないようにって思う優しすぎる性格のここあを、俺が甘やかしてやりてぇんだ、はは」
あまりにあっさりと言われたもんだから危うく聞き流す所だった。でも今の流れでそれはできなくて。
私のカルテルグラスに落ちてるサクランボを口に含んだジャンは口の中でサクランボの茎をくるりと結んだ物をベッとベロに乗せてみせた。
「ジャン!?」
「まぁそう重く受け止めんなよ。今のお前、悪いけど俺にも魅力的に見えてる。ちっとは自信持てってんだあ。いい男3人から告られてんだからな。けど俺はお前を悩ますつもりはねぇ。よって、受け止めて貰うつもりもねぇ。ただ言いたくなっちまったんだ、悪いな。今のは軽く流していつも通りいこーぜ!な?」
ポンポンってジャンの手が私の背中を優しく叩いた。それがまるで背中を押してくれたかのようで、こんないい男になるって分かってたら、あの時ジャンの気持ち受け止めておけばよかったかも、なんて昔の事をほんの少し思い出したんだ。
「ん、ありがとうジャン」
「おう」
もう勿体ないも、他に似合う子がいるも、言わないから。