帰り道、無性に七海さんに逢いたくなった。
でも平日だし迷惑だよね?まだ仕事中かもしれないし。
そう思って何度も引き返そうとしたけれど、それでも足は七海さんの事務所へと向かっていた。
ビルの2階に位置するその事務所を見上げて数分。私ってばこんなに恋に臆病な子だったっけ?
七海さんとお付き合いをする仲になってまだ間もないから不安なの?仕事の邪魔になりたくない?私の相手所じゃない案件の最中かもしれない。そもそもあの事務所の中にはいないかもしれない。
悶々と自問自答を繰り返していた私の手中でスマホにメッセージが届く。差出人を見て胸がポウっと熱くなった。
【仕事が終わりました。ここあさんはもう家でしょうか?】
なんだろうか。
逢いたいと思うのは私だけではないんじゃないかって思えた。
この文章のどこにも逢いたいなどとは書いてはいない。けれど、無性に逢いたい想いが伝わったようで胸が熱くなる。
【逢いたいです。今七海さんの事務所の下にいます】
初恋なんて歳じゃないのに、まるで私はこの恋が人生で初めてのような感覚に陥っている。
恋とは、こんなにもふわふわするものだっただろうか…。
カツンッて靴の鳴る音がして顔を上げると、エレベーター脇にある階段からスレンダーなその姿を見せた。
「ここあさん、どうされたんですか?なにか、ありましたか?」
明らかに心配顔の七海さん。私の肩に手を乗せて顔を覗き込むようにして見ている。
だから可笑しくて、ついフッと笑ってしまった。
「違うんです、ごめんなさい。ただ逢いたくて…貴方に逢いたくなって、我慢できませんでした。」
言い終わる前に七海さんの腕の中に抱きしめられた。大きな身体ですっぽりと包み込むように優しく抱きしめてくれる七海さんからは珈琲と煙草の香りがする。正直煙草は苦手だけれど、それすらも愛おしく思えてしまうなんて。
抱きしめる力は強いのに、触れる手はとても温かい。この温もりに逢いたかったんだと、胸を撫で下ろす。
「全く困った恋人だ、貴女は。こんな所じゃ何もできないじゃないか、」
そう言うけど、七海さんの瞳は私の唇を見つめていて、その綺麗な顔がゆっくりと近づくのも分かった。今どき路チューなんて流行ってない。いやいつの時代も路チューなんて流行ってはいないか。高校生ぐらいの若いカップルがちゅってするぐらいなら可愛らしいものだろう。
でもここにいるのは七海さんと私。残念ながらそこそこ大人のカップルだけど、ごめんなさい、今だけは許して。
「離れたくない、七海さん」
触れ合う寸前に小さく言ったら七海さんの甘ったるい「ばかだな」が小さく届いたーーーー
初めて招かれた七海さんの自宅マンション。エントランスからめちゃくちゃ豪華だったとか、家の中はモノトーンで統一されていてシックでモダンな七海さんらしい印象だとか、そんな事を思う暇は専らなかった。
腕を引かれてそのままベッドに押し倒された。
間髪入れずに大人キスを繰り返す七海さんにギュッと抱きつくと、肩で大きく息をしながら唇を離した。
「ごめん、余裕がない、」
いつもの敬語すらとれていて、でもそれが逆に嬉しくて。頬に手を添えてそっと引き寄せる私にまた甘い口付けをくれる。
さっきみたいな荒々しさは抜けて、舌をゆっくりと絡ませる七海さんに合わせて私も彼の舌を舐めとった。上顎から歯列を舌でなぞって、名残惜しくちゅっとリップ音を鳴らして舌を出すと、透明の糸がほんの一瞬私たちを繋いだ。
「あんまり大人しいからもしかして無理に付き合ってくれているのかと思っていた。だから君から逢いたいなんて言われて正直舞い上がってる。今夜は俺だけのここあになってくれるかい?」
「うん。七海さんしか見えない」
「建人でいいよ、ここあ。」
優しく微笑む建人に、最高潮胸がギュンと高鳴った。
シーツの上で指を絡め合うとまた建人の優しくて濃厚なキスが降りてくる。額をコツっとくっつけて鼻を優しく擦って「好きだよ」そんな嬉しい言葉をくれる。私の方がずっと好き。首筋に舌を這わす建人の頭をそっと撫でた。
服を脱がされたのも、建人が脱いだのも記憶が曖昧で、でも私の中にソレをゆっくりと挿れ込む建人は、激しい愛撫のせいで火照っていて熱い。
雪山で遭難しかけた時は人肌で温め合うなんて聞いた事があるけれど、本当にそうだと思う。大きな身体で私の至る所に触れるその手も唇も熱を帯びていて熱かった。
「力抜いて、ここあ、」
「んうっ、」
両足を開いたそこに自身を埋め込む建人につい力んでしまいがちになるけれど、ふう〜っとゆっくりと息を吐き出すと同時、固くなっていた身体から力を抜く。それと同時、一気に奥まで付き抜かれそうなくらい快感が押し寄せた。
「アアアアアアアッ、」
肩で大きく呼吸を繰り返す私に、最奥まで着いた建人が「ここあの中、癖になりそうだ」相性バッチリともとれる発言。お互い大人だから今に至るまで色んな恋愛をしてきただろう。悔しいけれど過去は何一つ変えられない。でも今、建人は私の傍にいる。それが何よりの事だと思うの。
「好き。…大好き、」
ギュっと建人の首の後ろで腕を交差して抱きつく私を、身体全部で抱きしめ返してくれる。
「俺も、好きだよ」
耳元で甘く囁いて静かに律動を始めた建人にそのまま身を任せた。なんだかくすぐったい建人の気持ちを抱きしめて、私はこの日、最高に甘くて濃い時間を過ごしたんだ。