「あー…雨…」
珍しくゆき乃が俺の隣の席に座ってそう呟いた。
奈々ちゃんの姿はなくって久しぶりの二人きりに俺は少しドキドキしていた。
「直ちゃん、奈々のこと宜しくね?」
そう言いながらゆき乃が俺の好きなコーヒーを淹れてくれた。
「任せてよ」
「うん、それなら安心」
「心配性だなぁ、ゆき乃は」
そう言って俺はゆき乃の頭を撫でた。
でも、どうしてかゆき乃の笑顔が晴れない気がして。
笑っているものの、どこか心ここにあらず?みたいに見える。
「…なんかあったん?」
「えー?なんかって?」
まるで誤魔化すみたいに俺から視線を逸らすゆき乃。
「何かが分からないから聞いてんのよ?…元気ないよ?」
「そんなことないよ」
言葉を塞ぐみたいなゆき乃の強い口調にやっぱり違和感を感じてしまう。
その時、バタバタと経理課フロア内に入ってきたんはケンチさんとてっちゃんの二人。
ゆき乃の所に真っ先に来て、俺をチラって見たもののそのままゆき乃の腕を掴むケンチさん。
「良平さん上海研修って、どういうこと?」
ケンチさんの言葉に俺は頭を殴られたような気分になる。
てっちゃんはケンチさんの後ろ、無言で腕を組んでジッとゆき乃を見ている。
「ケンチ怖いよ?」
おどけてみせるゆき乃に苛々する。
「2年も上海支店だなんてそれでいいのかよっ?!」
珍しくちょっと怒鳴るみたいなケンチさんの感情的な声に、ゆき乃はクルっと背中を向けた。
「仕方ないじゃん、あたしが辞めるって報告したもっとずっと後に決まったんだから。今更どうしようもないんだよ」
「それなら一緒に上海行けよ、ゆき乃も」
「それこそ無理。知らない地で一人で良平の帰り待ってるだなんて、あたしには出来ないよ」
今にも泣き出しそうなゆき乃の声は、必死に俺らに弱さを見せないように隠しているよう。
無言のフロアに窓を叩きつける雨音がやけに響いた。
「あたしちょっとお手洗い」
立ち上がって俺たちから逃げるゆき乃。
それはもう無意識で…
「直人っ!!」
後ろでてっちゃんがそう叫んだ声が聞こえたけど、俺は振り返りもせずにゆき乃を追いかけた。
急ぐゆき乃の腕を掴んで足を止める。
肩で大きく呼吸をしているゆき乃は、泣くのを我慢しているんだって分かった。