K




「行くなよ上海なんて」

「…行かないって」

「マジで行くなよ…良平さんのとこなんて…――ゆき乃が好きだよ、俺…」

「な、なに言ってんの…―――っ」


ゆき乃の口から否定の言葉を聞きたくなかったから。

本気で繋ぎ止めておけるんだったら。

ただ感情のままに。

自分の欲望の為に。

考えれば考える程、そのどれもが当て嵌まるんだと思う。

ゆき乃の両腕を拘束して、ただ無心で自分の感情を押し付けた―――。


こんな形でゆき乃に触れたかった訳じゃない…

それでも行き場のないこの想いをどこかに吐き出さなくては壊れてしまいそうで。

実際には壊してしまいたかったのかもしれない。





「離せ、ボケ」


壁にドンと押し付けられて無理やりゆき乃を剥がされた。

俺の腕の中にいたのはほんの数秒で、その数秒でどれだけゆき乃を傷つけてしまったのか…その顔を見れば簡単に分かる。

罪悪感と後悔が一気に押し寄せてきて…

口元を手で拭うゆき乃の瞳からは、大粒の涙がポロポロ零れ落ちている。


「頭冷やせ」


良平さんの言葉が俺を突き刺した。

良平さんがゆき乃に触れると崩れ落ちそうなくらいにゆき乃が嗚咽し始めて。


ほんの一年前までは、ああやって泣いてるゆき乃を慰めるのは俺の役目だった。

ああやって抱きしめてあげるのも俺の役目だった。

それすらももう、許されないんだと。

自業自得って言葉の意味通り俺のした事はもう取り消せない。



しばらくその場に伏せっていた俺の足元、誰かの靴が目に入って顔を上げると俺をジッと見つめる奈々ちゃん。

カァーっと顔が赤くなって、俺は目を逸らした。


「見てた?」


小さな俺の声に泣きそうな顔で小さく「ん」って頷く奈々ちゃんの声が届いた。

一番見られたくない人に見られてしまうなんてことごとく不幸じゃん俺。


「直ちゃん今日飲みに行こう!ねっ?」


ポンポンって俺の頭を撫でる奈々ちゃんの手は俺でも分かるくらいに震えていて、こんないい子にあんなバカなシーンを見せてしまった事に更に罪悪感を覚えた。

でも、それも結局自分の蒔いた種であって、その尻拭いをも自分でやらなきゃダメなんだって。

どうしたら俺もっとちゃんとした大人になれるんだろうか。


そんな俺が巻き起こした最大の罪は、この日のこの後のことで…――――