「やば、時間なーい!もう、帰り際にあんな電話取らなきゃよかった!!ちきしょう!」
つい文句を口走りながらも視線はスマホのLINEを見つめていて。だから気づかなかったの。
「雪乃?」
不意に聞こえた声に思わず足を止めた。だってこの声、忘れるはずのない声だよね?
振り返ることを躊躇したのは、ほんの一瞬ユーセイの顔が頭に浮かんだから。でもこれはそーいうんじゃなくて、私の本能がくるりと身体を反転させた。
「な、っちゃん。」
黒髪の夏喜がそこに立ってこちらを見ていた。やっぱり間違いなかった、夏喜だった。
一歩近づくと目を細めて笑う。久しぶりに見たその笑顔にほんの少しだけ胸が疼く。
「…いや、すごい破壊力だよ、スーツのなっちゃん。」
つい口から出た本音にプッて笑った。
「逃がした魚はでかかった、って?」
ちょっと余裕に屈んで私の髪の先を指でくるりとする夏喜にドキドキしないって言ったら嘘になるのかもしれない。でも私はもうこの手を掴むことはしないと心に決めた。
「一ミリぐらいね。」
「ふは、相変わらずだな、その、性格!」
ポスっと夏喜の手が私の頭に落ちた。てゆうか、既にこの街からいなくなったと思ってたのに、近くにいたの?
「名刺、あげるよ。」
スッと胸ポケットから名刺を取り出すと私のコートのポケットに入れた。
「あいつと順調なの?」
「うん。今日も待ち合わせしてて、やば、こんな時間!なっちゃんあの、」
「俺もこれから別の用事。どうしてるかな?って少しは気になってたから雪乃に会えてよかったよ。変わってなくて安心した。」
…彼女できた?なんて聞けない。でも一瞬で夏喜の指の指輪を確認してしまったのは仕方なくて。長身で黒髪でスーツ…モテそう、なんて思う。
「私はユーセイのことしか考えてないわよ。」
「そりゃ残念。1年に1回ぐらい思い出せよな、俺の事。」
「…1年に1回だけね、」
私の言葉に笑うともう一度ポンっと頭を撫でて「じゃあね。」小さく笑うと夏喜は私を振り返ることなく歩いて行った。
―――――そういえば、夏喜と初めて出会ったのはこんな風に寒い冬だった。