このまま平和に時が過ぎていくんだ…と思っていた矢先だった。
10か月という時は私の中にある傷もわだかまりもゆっくりと水に流すかのように消えていった。
あの弾丸傷心旅行から一週間後、たった一度私のLINEに直人からの着信があった。でもゆせと一緒にいてその着信に気付くこともなく、後からそれを見た時は、一瞬胸がカアっと熱くなったけれど、それでもその着信を折り返す事もせず、誰かにいう事もしなかった。
今更直人と何を話せばいいのかも分からないし、話すこともない…――と。
―――いつの間にか月日は流れて、31歳の誕生日を二か月後に控えた4月、それは突然舞い降りた―――。
「えみ…顔色悪いけど大丈夫?」
最近すこぶる調子の悪いえみ。今日も式の打ち合わせを一緒にしているけど、顔面蒼白今にも倒れそうに見えてならない。
「…ごめんちょっとトイレ、」
口元を押さえてトイレに駆け込むえみを見て違和感しかない。真っ青な顔で戻ってきたえみの腕を掴む。
「もしかして、妊娠してる?」
私の言葉に顔を逸らすえみ。でも自分の身体の異変なんてきっとえみ自身が誰よりも分かっているんだろう事で、そしてそれを隠すって事は…
「岩ちゃん、知らないの?」
「…雪乃…どうしよう。」
涙目のえみに胸の奥がキュっと痛んだ。
その日の夜、えみの家に顔を出した。営業マンの岩ちゃんこと岩田くんと一緒に住んでいるえみ。お腹を押さえてソファーに座ると小さく息を吐き出した。
「先週病院に行ってきて…まだ4週目って…。たまたま体調不良で別の科にかかってたんだけど、その時にまた具合が悪くなっちゃって、産科案内されて…。まだ剛典くんには言えてなくて。今出張続きだったりで忙しいから、この波が終わってから話そうかな…って思ってはいたんだけど…。」
「…産むんだよね?」
「………、」
岩ちゃんとの子で迷う必要があるのだろうか?
「剛典くん、今子供なんてできたら仕事に集中できなくなったりしないかな?私達結婚の話が出ているわけでもないし…。」
じわりと涙を浮かべるえみに、自分の気持ちを重ねてみた。―――確かに今私に子供ができたら困る。そもそもゆせはまだ若いしホテルマンとしても1年目の研修生で、給料だって遥かに私の方が多い。まだ私を養える程のものは身に着けていない…。でももし授かってしまったのなら、それは産む…以外の選択肢が選べるのかは分からない。
えみのお相手の岩ちゃんは、可愛らしい外見とは裏腹に、かなり男気溢れる人だと思うわけで。直人の直の後輩でもある岩ちゃんは、最初からエリートコースのエースで、社内でも断トツ人気の物件だった。だから最初はそんな岩ちゃんを独り占めにしたえみを妬む人もいたものの、2人の愛に誰も何も入る隙なんてないって分かってみんな身を引くしかなかった。
「岩ちゃんは、喜ぶと思うよ。」
私の言葉に泣き出すえみをそっと抱きしめた。1人で怖かったんだろうって。大人になると自分の気持ちを言葉にする事もできない事がある。大切な人なら尚更迷惑がかかるからって。だけれど、1人で悩む必要ないよって、あの頃の自分にすら言ってあげたい。
私にできることは、どれだけあるだろうか?