「なにも…。」
そう言ったまま黙り込んだゆせは、タクシーが私達の家に着くまで口を開かなかった。
エントランスに入ってエレベーターに乗っても顔を逸らしていて。玄関の鍵を開けて中に入った瞬間、後ろから抱きしめられた。
「雪乃ッ、」
焦ったようなゆせの声と強引に振り向かせて噛み付くようなキス。
分かるけど、分かるけど、こういうのは好きじゃない。…だけど、大人な直人ならこんな事は絶対にしない。自分の感情を抑えられない時に会ったりしないし、こんな行為は反則だ。
でもこれがゆせで、この若さと強引さも、私がゆせを好きになったところ…でもあるんだと思う。
自分にはないものを持っているゆせに、あの時強烈に惹かれたのを覚えている。
黙っていたらこのままここで抱かれるのかもしれない。だけどゆせをこんなモヤつかせたのは他の誰でもない私で。私と直人の過去は、ゆせにはまだ受け止められない事のが多いのかもしれない、なんて客観的に思えた。
「フゥッ、」
キスの合間に呼吸をすると、ハッとしたようにゆせが私から離れた。両手を顔の横に挙げて降参のポーズ。
「…ごめん、今日は、」
「行くとこないでしょ?ゆせ…ごめんね。不安にばっかりさせて。」
項垂れた顔のゆせは「俺も、ダサくてごめん。」…ほんのり苦笑い。やっぱりその顔、離したくないよ。
そう思うのに、ゆせと同じように私の心の中も本当の本当はモヤモヤが離れなくて…
片岡直人の存在がとてつもなく大きい事に、今更気づく。