代わりじゃない人1


だいぶ日が伸びたとはいえ、夜になるとぐっと気温も下がって少し肌寒い。春は昼間と夜の寒暖差が激しくてさすがにずっと外にいたら風邪ぐらい引きそうで。


「いないんじゃない?神谷健太。今日はもう帰ろう?ね?」


動く気配ゼロのネコの腕を掴むものの、膝に顔を埋めたまま「雪乃さんは、帰ってください。あたしは健太に会うまでここから動きません…」なんて突き放される。

…直人ならこんな時簡単にネコを宥めて連れて帰れるんだろうなぁって思う。ここにはいないからどうしようかと顔を上げたその時だった。

仕事を終えたのか、カツンと音を立てて姿を見せたのは、神谷健太…ではなく、哲也先輩だった。

足音に思わず顔を上げたネコも、哲也先輩を見て固まっている。


「…迎えに来たよ、朝海。一緒に帰ろう?」


哲也先輩の声に、その言葉にビクッと肩を震わせるネコに違和感を覚えたものの、すぐに私の後ろに隠れるようにして哲也先輩と距離をとる。


「っ、帰らない。私の居場所はここだもん。健太に会いた、いの…」



ぎゅうって私の腕にしがみつくネコに一歩近寄る哲也先輩。それと同時にまるで逃げるみたいに私とネコも一歩後ろに下がった。


「ネコ?」


振り返って呼ぶもただ眉毛を下げて泣きそうな顔で。もう一歩、さらにもう一歩哲也先輩がこちらに歩を向けると、等々ネコが私の後ろから飛び出して階段を降りようとするもすぐに哲也先輩に捕まえられる。

優しくネコの頭を撫でた哲也先輩が、小さくでもハッキリと言ったんだ。



「アイツはもうここには帰って来ない。朝海、家の中入ったんだろ?」


泣きそうなネコの顔にハテナが浮かぶ。ネコ、中に入ったの?



「―――…え、どういうこと?」


ポロリと口から出た私の疑問に、哲也先輩はネコから視線を逸らすことなく答えたんだ。



「アイツは…朝海より仕事を選んだ」と。


冷たい風が3人の間を吹き抜けていく…。