拾 背中を押して


いつどこで交換したのか私のLINEに樹の猫のアイコンが加わっていた事に気づいたのはその日の夕方だった。

単純に樹からLINEが届いた事で気づいたんだけど。

お昼休みが終わってもなっちゃんが何かを口出して来る事はなく、ちょっと拍子抜けを食らった気分だったけれど、無駄に怒られなくてよかった程度に思っていたんだ。


【今日ご飯行こう!美味しいとこ予約した!帰り迎えに行くね】


ご丁寧に可愛らしいハートのスタンプ付で。

樹とラブホに行ったんだろうけど、そこで何が行われていたのかは覚えていない。たらふく飲んだ酒のせいで。

記憶をなくすのも私の飲み方が悪いんだと思うけど。社会人になってからあんな風に酒を飲んだ事があまりなかったせいか、私はわりとハメをはずしたんじゃないかって思っている。

やっぱりヤッてるよね、樹のこの態度。

あんなイケメンに好かれて悪い気はしないはずなのに、どうしてか今回は乗り気じゃなかった。たぶん素面の記憶があまりないからで。せめて、樹とどんな会話をしたのか思い出せればいいのだけれど。

でもなんかこのモヤッとした気持ちはよろしくない。

故にスマホ片手になっちゃんの部署に出向く。

人を見る目がある!って理由で人事部にいるなっちゃんは、やっぱり無口だけれど、仕事は仕事で言われた事以上の仕事をこなすって一部では飛び交っていた。

ジィっとなっちゃんの仕事っぷりを見ていると単純にかっこいい。

いつもの私なら間違いなく恋人候補に選びそうなのに、どうして私はなっちゃんと友達してるんだっけ?まぁいいや。それはそれで大切な存在だし。

一分ほど黙って見ていたらスタスタこちらに歩いて来たなっちゃん。

ドアからチラ見している私の前で止まって「声かけろって、ゆき乃さん。なに?」手首を掴んでなっちゃんがフロアに引き入れた。


「気づいてた?」

「当たり前でしょ。すぐ分かったから。で?」

「うん。これ。」


樹のトーク部屋をそのままなっちゃんに見せた。樹にはプライバシーの侵害だと思われても仕方のない事なんだろうけど。

文字を目で追ったなっちゃんは、その後視線を私に移す。


「行ってくれば?記憶ないんでしょ、ゆき乃さん。」


おデコを指で押すなっちゃんに苦笑い。これまた私をよく分かっているなっちゃん。

たぶん私はなっちゃんに背中を押して欲しかったのかもしれない。なっちゃんがOKを出せばいける気すらしていた。


「うん。」

「…まぁなんかあったらいつでも行くから。」


ポスッとなっちゃんに頭を撫でられて私は樹との恋に挑む覚悟が定まったんだ。
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