肆拾参 それでも好きな人


【side 夏喜】



「…え?頭の女?」

「そう。姐さんは、俺が若い時に入っていた暴走族の総長、頭張ってた人が愛した女だった。だから俺の中ではあの人は気安く話しかけていい人じゃない。まぁ、今となってはそれはないけど、昔の馴染みで今もまともに話すなんてできてないけど。」



薄々そんなんじゃないかと思ってはいたものの、暴走族だとか、頭の女とか、そういう世界がマジで存在していた事にわりと吃驚している。

そしてそんな世界のトップに君臨していたんだろうゆき乃さんを、どこか違う世界の人間とまで思えそうだった。

煙草を持つ手が震えないようにグッと力を入れて、俺は大樹くんの続きの言葉を待った。



「あんまり驚いてない?」



大樹くんの言葉に苦笑い。

これでも吃驚はしている。

如何せん、それがあまり顔や態度に出ないタイプだから。

黎弥くんみたいに感情で動く奴ではない。

一口煙草を吸い込むと自然と落ち着く。



「や、驚いてます、これでも。ただ…新歓の時に、大樹くんとゆき乃さんがコソコソ話しているのを聞いてたんです、俺。だからなんとなーくは想像してました。まぁ、マジで暴走族やってる人がいるなんて思ってもみなかったですけど。」



俺の返しに大樹くんは苦笑い。

大樹くんは怖い要素がないから…なんて言ったら本人に怒られるかもしれないけど。

正義感が強くて頼りになるからリーダーシップも取れるかっこいい男だと思っている。



「若かったんだよ。そーいうのに憧れる馬鹿なヤローだったの。俺らのチームは走ることがメインで、他の悪いことは一切しないってルールだった。でも姐さんの彼氏さんはめちゃくちゃ強い人で、喧嘩をする事も多くてな。その度に泣いてたっけな、姐さん。隠れて。だからあんな辛い思いするくらいなら、今の幸せを壊して欲しくないって俺は思ってる。 」



大樹くんの言う、ゆき乃さんの今の幸せは、樹との事であって。

俺が2人の間を割って入る事はダメだと遠回しに言われたんだと。

分かってる。

ゆき乃さんの泣き顔なんて俺だって見たくないし、今が幸せならそれを壊してまで自分の想いをぶつけるのはどうなんだ?って。

分かるけど…

膝の上に置かれた自分の手を強く握る。



「大樹くん、すいません。それでも俺、ゆき乃さんが好きです。樹より、誰よりも。」



俺の言葉を受け止めるかのよう、ふわりと笑った大樹くんは、煙草を潰すとレモンサワーをグビッと飲み干した。



「馬鹿だな、なっちゃん。もっと早く気づけよな!」



ピンって指でおデコを弾く大樹くんに俺は儚く笑ったんだ。

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