漆 絶好のチャンス


すこぶる気分が良かった。

最早、樹のあぐらをかいた足の上にお尻を落として2人で話しながら飲む酒は極上に美味しい。時折樹の手が私の腰を緩く触るのも心地好くて。

かみけんの事などすっかり忘れた私は樹の登場以降、ずっと2人で飲んでいる。


「ゆき乃さん。トイレ行くけど一緒に行く?」


耳元を掠める樹のビール臭の香る吐息が肌に触れて、小さく振り返るとこれまた樹のきれいな肌が目に入る。


「うん、行く。」

「じゃあ立たせて?」


下から私の腰をグイッと上に押し上げた樹は、そのままの体制と上目遣いで手を私に差し出した。

立ち上がった私は言われた通りに樹の手を引いて立ち上がらせる。

隣に来たせいで分かる身長差。なっちゃんはすこぶる背が高いからスポンと胸元に顔が埋まるぐらいでほとんど触れ合う事などないけれど、なっちゃん程長身ではなかったらしい樹の頬にほんのり私の唇がスライドしたなんて。

だからか、手前にいたなっちゃんが「おい、樹!」そう呼んだ気がしたけど、樹は振り返って「大丈夫だって。」そう言うと私の腰を押してトイレへと誘導したんだ。





「ゆき乃さん、このまま2人で抜けない?」


トイレを済ませて廊下に出ると、壁にもたれかかってスマホを見ていたた樹がスマホから視線を外してこちらを見た。それからおもむろにそう言う。

正直かなり酔ってる。

久々の酒で、大樹ってストッパーのいないここには誰も私を止める奴もいない。

目の前には極上のイケメン。選択肢なんてあるようでないよね?

ふと、お昼休みにネコとなっちゃんが言ってた言葉を思い出す。


「ネコは好きならそーいう方向に持っていくのは得意!」

「俺は回数とか時間とか関係ないと思うけど。その時の気持ち、じゃない?」


…今ってその時?

これは私にとって絶好のチャンスってやつ!?


「好き?私のこと。」


壁に背をつけている樹の胸板にそっと触れる。目をパチクリして一度視線を宙に浮かせた樹は、すぐにその目を私に向けた。


「実は気になってた、ゆき乃さんの事。でもいっつも夏喜に止められてて…、」

「え?」

「好きだよ、ゆき乃…。」


樹の唇がそっと私の唇に触れたんだーー。

だからなっちゃんが止めていたって事実はきれいさっぱり私の中から消え失せた。

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