玖拾壱 最後のわがまま


【side ゆき乃】


名古屋チームは諸々忙しさを増していた。

仕事に追われる事は楽じゃないけれど、気持ちの上では楽だった。

仕事のことしか考えなくていいから。

ここに来て、なっちゃんと一緒に仕事ができるなんて夢の様だった。

でも、ふと思い出すのは樹の辛そうな顔で。

こんな風になっちゃんと一緒に仕事をする事すら、本当は許されないんじゃないかって思えてしまう。


「ゆき乃、そろそろ帰ろ。」

「あーうん。今行く!」


なっちゃんと二人で会社を出た所で、「話がある。」…私たちを引き止めたのは、あの日以来の樹だった。

少し見ないうちに痩せたな…。

ほんのり無精髭まで生やしている樹について会社からの道を歩いていた。


「樹…」

「仕事以外で逢わないでくれない?夏喜と…せめて俺の傷が癒えるまでは。」

「それは、」

「もう仕方ねぇじゃん。ゆき乃と夏喜が好きあってんのは。でもさ、せめてもう少し待ってよ。二人が一緒にいても傷が抉れないぐらいに。それぐらいは、してよ。」


許してあげる…とは言ってない。

けれど、樹の言葉は確実に前を向いているように思えた。

この数日間でなにかあったのだろうか?


「ネコさんと黎弥くんの事は知ってんだろ?」

「え?うん。ちゃんと気持ちが通じあったって。かみけんとはもう会わないって…」


そう。あのネコと黎弥が漸くうまくいったと報告を受けた時は泣いて喜んだ。

一晩我慢したらしい黎弥の事も面白ろ可笑しく話してくれたネコの笑顔は忘れることができない。


「健太さんにフラれたすぐ後にネコさんにあった。そん時に言われたんだ…―――好きな人の幸せを願えない奴でだせぇって。あの人散々俺の事ディスってさ。言われた時は腹立つしイラつくし最悪だったけど、俺も冷静になって考えたら…この答えに行き着いた。」


ネコが繋いでくれてたんだって事実が嬉しくて。

ちゃんと冷静に考えてくれた樹の気持ちもすごく嬉しくて。


「ありがとう。本当にごめんなさい…。」


涙が止まらない私の頭をそっと樹が撫でた。

こんな柔らかな顔の樹を見るのはいつぶりだろうか?

正しい答えなんて今でも分からない。

けれど、私となっちゃんの結末に一歩進んでくれた樹を有難いと思わずにはいられない。

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