「しばらく二人で会うの、やめたい。」
なっちゃんにどう伝えよう?と考えた所で、どんな嘘をついてもなっちゃんにはバレてしまいそうで、そのまま伝える事にした。
駅で待っててくれたなっちゃんは、私の言葉に顔を歪める。
本当はこのままなっちゃんの家に行くつもりだった。
けれど樹の為にも、今日の約束は守らないとって。
例えば、樹にバレずに会えばいいのかもしれない。
そんな事はいくらでもできる。
けれど、一人辛い思いをしている樹を分かっていてなっちゃんと一緒に幸せな時間を過ごす事はやっぱり辛い。
自分たちだけが良ければいいとは到底思うことができない。
樹はそれぐらい私の中でも大きな存在であったし、なっちゃんとこうなる為に必要な人だった、なんて言葉だけで片付けられる存在でもない。
樹がいなかったならば、こんな風に今を生きてはいなかった。
「そう言われたんでしょ?樹に。」
お見通しのなっちゃんはワシャワシャと髪を手でかき乱す。
「うん。でも…それがいいと私も思った。樹なりに頑張って考えてくれた事だから、私はそれを受け入れる。」
「すげーやだ。せっかく想いが通じたのにゆき乃に逢えないなんて無理。」
ブスッてしているなっちゃんの頬を指で摘むと「やめてよ、」って払われる。
分かってる。なっちゃんがイエスと言わないわけないと。
そんな風に言ってても、最終的には受け入れられる人だって。
だからもう一度、今度は背伸びをして長身ななっちゃんの頭をそっと撫でた。
「ずるいよそれ。」
「大好きよ、なっちゃんが。ほんの少しだから、我慢しよ。ね?」
「やだって言いたい。」
「私も嫌。でも、樹の気持ちも汲んで欲しい。」
そうじゃなきゃ、なっちゃんとはこの先続けられない…
その言葉は飲み込んだ。
「今日はもううちに来ないんだよね?」
「うん。自分の家に帰る。その後も仕事以外ではなっちゃんとは会わない。」
そう決めたけれど、実際なっちゃんを目の前にすると、なっちゃんへの想いが溢れてしまいそうで。
つい、触れてしまいたくなるのを必死で押さえた。
「分かった。でも最後に、」
そう言ったなっちゃんは、私の手を掴んで路地裏の人気のない所へ連れ込むと、おもむろに唇を重ねた。
ギュっとなっちゃんの腕を掴んで精一杯背伸びをする私の背中に腕を回して抱きしめるなっちゃんの温もりに胸が熱くなった。
「なんでも一人で決めちゃうとこ、ゆき乃の悪い癖だよ。…俺の事もっと頼ってよ。これでもゆき乃の事ずっと守っていく覚悟はできてるから。」
「なんか、プロポーズみたいね。」
「ちがっ、馬鹿そんな大事な事はこんな汚ねぇ場所で言わないから。」
真っ赤になってるなっちゃんを見れただけで十分だと思った。
そして、なっちゃんが私との未来を見据えていてくれた事も嬉しい。
「じゃあ行くね。」
カツンとヒールを鳴らして路地裏から一人出て行く。
後ろを振り返ることなく歩く足取りは多少なりとも重たい。
けれどこの重圧を抱えて生きていかなきゃならない。
―――翌日からの名古屋チームを抜けた私は、職場でなっちゃんと会う事は全くなくなった。
それが樹へのせめてもの謝罪だから。
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