【side 夏喜】
黎弥くんの昇進祝いで呼ばれたものの、このドアの向こう側にゆき乃がいると思うと、今だドアを開けられずにいた。
勿論ゆき乃に逢いたいって気持ちはすげーある。
けど、顔を見たら触れたくなるし、触れたら止まんなくなるんだろうって思うと、一歩踏み出せずにいた。
情けないけど今、ゆき乃に逢っちゃったら、今日まで我慢してきたこと全てが台無しになってしまう。
ゆき乃をちゃんと恋人にする為に離れたあの日から、一度もゆき乃を想わなかった日はない。
「あークッソ、」
こんなとこでうろちょろしてる自分が情けないと思うけれど、それでもやっぱり今はまだゆき乃に真っ向から逢える程、ストッパーは固くない。
「あれ?なっちゃん?」
踵を返して駅に向かおうとすると、後ろから呼び止められる。
振り返るとそこには大樹くんと健太さんがこっちを見ていて…
「帰っちゃうの?」
大樹くんの言葉に自重的に笑う。
隣の健太さんは相変わらずって噂をよく耳にする。
この人は俺の大事なネコを散々傷つけたけど、今が幸せなネコを見るなら結果オーライだ。
まぁ一発ぐらい殴ってやりたいけど、本音は。
でも俺も樹に殴られていいぐらいの事はしてるしなぁ。
「ゆき乃さん、中にいるんじゃない?」
「かみけん馬鹿だなぁ、姐さんがいるから入らなかったんでしょ、なっちゃんは。」
やっぱりお見通しな大樹くんと、のほほんとしている健太さんは同期で仲が良くてちょっとウザイ、二人とも。
というよりかは、お節介だ。
「でもさ、そろそろいっちゃんも許してくれるんじゃないかな?二人のこと。」
そう言った大樹くんがスマホをこちらに翳す。
そこにはLINEのトーク画面で、相手は樹から。
【外に夏喜がいたら必ず連れて来てください。ゆき乃が限界です。】
「え、これ。」
「迎えに行ってあげなよ、姐さんの事。きっと泣いてる、なっちゃんを想って…」
限界だなんて、そんなの俺の方。
たかが半年、されど半年。
隣にゆき乃がいるといないじゃ生活が一変した。
何度も逢いに行こうと思ってゆき乃の住むマンションまで行った。
でもやっぱりできなくて。
それでも逢いたくて、死ぬ思いだった。
眠れない夜を何度も超えてここにきた。
さっきまで動かなかった足を大きく開いてドアを開ける。
ゆき乃目指して一直線に走った。
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