玖拾伍 眠れない夜を超えて


【side 夏喜】


黎弥くんの昇進祝いで呼ばれたものの、このドアの向こう側にゆき乃がいると思うと、今だドアを開けられずにいた。

勿論ゆき乃に逢いたいって気持ちはすげーある。

けど、顔を見たら触れたくなるし、触れたら止まんなくなるんだろうって思うと、一歩踏み出せずにいた。

情けないけど今、ゆき乃に逢っちゃったら、今日まで我慢してきたこと全てが台無しになってしまう。

ゆき乃をちゃんと恋人にする為に離れたあの日から、一度もゆき乃を想わなかった日はない。


「あークッソ、」


こんなとこでうろちょろしてる自分が情けないと思うけれど、それでもやっぱり今はまだゆき乃に真っ向から逢える程、ストッパーは固くない。


「あれ?なっちゃん?」


踵を返して駅に向かおうとすると、後ろから呼び止められる。

振り返るとそこには大樹くんと健太さんがこっちを見ていて…


「帰っちゃうの?」


大樹くんの言葉に自重的に笑う。

隣の健太さんは相変わらずって噂をよく耳にする。

この人は俺の大事なネコを散々傷つけたけど、今が幸せなネコを見るなら結果オーライだ。

まぁ一発ぐらい殴ってやりたいけど、本音は。

でも俺も樹に殴られていいぐらいの事はしてるしなぁ。


「ゆき乃さん、中にいるんじゃない?」

「かみけん馬鹿だなぁ、姐さんがいるから入らなかったんでしょ、なっちゃんは。」


やっぱりお見通しな大樹くんと、のほほんとしている健太さんは同期で仲が良くてちょっとウザイ、二人とも。
というよりかは、お節介だ。


「でもさ、そろそろいっちゃんも許してくれるんじゃないかな?二人のこと。」


そう言った大樹くんがスマホをこちらに翳す。

そこにはLINEのトーク画面で、相手は樹から。


【外に夏喜がいたら必ず連れて来てください。ゆき乃が限界です。】


「え、これ。」

「迎えに行ってあげなよ、姐さんの事。きっと泣いてる、なっちゃんを想って…」


限界だなんて、そんなの俺の方。

たかが半年、されど半年。

隣にゆき乃がいるといないじゃ生活が一変した。

何度も逢いに行こうと思ってゆき乃の住むマンションまで行った。

でもやっぱりできなくて。

それでも逢いたくて、死ぬ思いだった。

眠れない夜を何度も超えてここにきた。

さっきまで動かなかった足を大きく開いてドアを開ける。

ゆき乃目指して一直線に走った。

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