いつも思ってしまう―――断ればよかったと。
会議が午前中だったから運よくさほど眠気がバレずにすんだ。午後になると私の家の鍵を持った健太が私のデスク横にやってきた。
叶_谷コーポレーション。
イベント会社で務める私は、ここの社長の息子で副社長を務める神谷健太の何人目かの女、だった。
当たり前に社会に出たことのない健太は、言っちゃえばボンボンで常識もなにもない。だからここの男性社員たちは当然ながら健太を副社長だとは誰一人認めていやしない。けれど、その甘いルックスからか、女性社員達は健太をいいように利用しようとしている玉の輿を狙っている子がほとんどで、健太もそれを分かった上で逆手にとっているんじゃないかって正直思う。
でも私はそんな女とは少し違って。時々見せる寂しそうな健太の顔を知ってからは、もしかしたらこの人の心の中も、ぽっかりと穴が開いているのかもしれない…って思った。
重役出勤の健太が私のデスクにそっと鍵を置いた。
「お、はようございます。副社長。」
「お昼ご飯食べた?」
「…はい軽くですけど。」
「なんだ残念。奢ってあげようと思ったのに。」
「でも…午後は何もないので、行けます…。」
「ほんと?んじゃ行こう!」
悪びれた様子もなく健太は私をこのフロアから誘い出す。瞬時に光る女子達の視線は無視。私の腰に軽く腕を添えて外へと誘導する健太は会社から30分も離れた小料理屋さんへ連れてきてくれた。
「雪乃はここの天ぷら好きだよね。」
「うん。」
「そういやさっきオヤジに言われたんだけど、次のCMのプレゼン、うちのライバル会社とやり合うって。俺がサポートに回れって言われちゃったんだけど、雪乃が一緒にやってよ?」
「…え?次のCM?」
「そー。ほら山本エンターの若いのがやり手らしくて…絶対に負けるなって言われてさ…。」
山本エンターっていったら、今一番勢いのある所で。なんでも若手社員のパワーが半端ないとか…。思わず眉間にしわを寄せる。
「無理、だよ。そんなとこに勝てるわけない。」
「でも負けらんねぇ、」
「…健太?」
「どんな手使ってでも勝ちにいくから俺。」
…自分を「けんた」って呼ばない時は珍しく仕事モードで。こういうやる気に満ちた健太は、普通にかっこいいと思ってしまう。