カタンって音の後、黎弥が秒殺で動く。瞬きが終わる前にダンって壁に黎弥の拳が打ち付けられた。ふわりと風が舞ってITSUKIの髪が揺れた。
「次は壁じゃねぇぞ。雪乃を侮辱すんのは許さない。」
「すごい自信だねぇ、あんた。んじゃ一つ教えてやるよ。この女、神谷の女だよ。毎晩神谷に抱かれてんの、ね?」
さも面白おかしいって顔でまたITSUKIが笑ったんだ。でも黎弥は「そんな事どーでもいい。俺は雪乃を大事に思ってる、それだけで今ここにいる。」…黎弥の言葉に泣きそうになった。
いつまでも健太から離れられない馬鹿な自分に。
「まぁいーけど。どの道CMなんて腐る程オファーきてるから。けど雪乃さん。この世界で生きてくなら、もっと考えなきゃ潰されるよ。」
ITSUKIは、健太の名前が出ているスマホの画面を私達に見せて通話ボタンを押す。
「あー神谷さん。悪いけどCM出演の話、無かったことにして。だって約束破ったのそっちだから。俺結構屈辱で。あんたんとことは今後一切契約しねーから。」
ピッと電話を切ると「二度とその面見せんなや。」ドンっと黎弥の肩を押してドアをパタンと閉められた。
次の瞬間振り返った黎弥が苦笑い。
「やべぇまたやっちゃった。うわーまた世界さんに怒られる。黎弥は後先考え無しに動きすぎるって!!」
その場を頭を抱える黎弥はやっぱり昔のままで、それがすごくすごく嬉しいなんて。
「けどよかった。雪乃があんなのに抱かれなくて。トップモデルだか何だか知らねぇが、この瀬口よりもいい男なんて、この世にいると思う?」
しんみりした空気にならないようにって、こうやって笑わせてくれる黎弥が懐かしくて嬉しくて、感情がコントロールできなくて涙が零れてしまう。
スッと黎弥の手が頬を掠める。
「怖かったよね?もう大丈夫だから。おいで、」
黎弥が腰の所で小さく手を広げている。いつもおちゃらけているのに、決める時はちゃんと決めてくれる黎弥。迷うことなく黎弥の腕の中に飛び込んだ。
「よかった、無事で。」
思いの外強く抱きしめられてドキドキする。こんな風に簡単に抱きしめる事なんてなかったけど、あの頃は。それは私達が少し大人になった証拠、なんだろうか?
…目を閉じて黎弥の温もりを感じていた。