島に来て二日目。今日はお昼まで船の見張りだというイッカクと街で買い物をする約束をしていた。見張り以外はみんな船を出ていて、ベポもキャプテンたちと出かけているらしい。それなら午前中は一人でうろついてみようと当てもなく歩いていたわけだが。

「なんでこうなるかな」

武器を持って周りを囲む男たちに、深いため息が出る。性別が分からないとはいえこの小柄な体格が一人でいると狙われやすいものなのだろうか。こちらの出方をうかがっている男たちの足元でザリッと砂の音が鳴る。せっかく昨日弾を補充したばかりなのにと心の中で悪態をついて銃へと手を伸ばすと上から別の気配がした。ハッとして気配のした方へ銃を向けると人影が降りてくる。

「ルフィといい、世話の焼けるやつだ」

「!?」

目の前に現れたオレンジの帽子と、メラメラと燃える炎。あっという間に周りを包んだその炎が消えた時には男たちも一緒に消えていた。一人残らず逃げた男たちのおかげで辺りには静けさが戻る。

「久しぶりだな、#名前#」

「エース!」

そこには太陽のような眩しい笑顔を見せる、兄の姿があった。思わずフードを取ってエースを見上げると、優しく頭を撫でられる。

「怪我はねぇか?」

「エースのおかげで!ありがとう」

一年振りに会った兄であるエースは何も変わっていない。最後に会ったのはまだ私が一人で旅をしている時で、その時もこうして島で偶然会ったんだった。エースが乗っている船のみんなにも良くしてもらったな、と思い出していたところで疑問をぶつける。

「どうしてここに?お父さんたちもこの島にいるの?」

久しぶりにみんなにも会えるかもしれないと期待した私に、エースは帽子に手を当てて目を逸らした。

「あー…ちょいと野暮用があってな、親父とは今別行動してんだ」

「…あんまり勝手なことしてるとマルコに怒られるよ」

「そう固いこと言うなって!お前こそ一人でこんなとこうろついてるなんてマルコが知ったら怒るぞ」

「マルコに怒られるのは嫌だな」

「ハハッ!同感だ!」

人通りのない建物の裏で、二人並んで話をする。まだ一人で旅をしているのかと心配してくれるエースに、ハートの海賊団に入ったことを伝えた。

「ハートの海賊団っていうと…トラファルガーの船か。いろいろと噂は聞くが、#名前#が選んだんだ。悪いやつじゃねぇんだろ」

挨拶しなきゃな、と立ち上がるエースの腕を慌てて掴む。

「白髭海賊団の隊長がハートの海賊団の船長に挨拶って…どうせ戦う気でしょ!?」

「大事な妹が乗る船だ。船長のツラ拝まねぇと気が済まないってのもあるが…俺より弱いやつの船に乗せられるか!」

「ほらやっぱり!そもそも私、まだ自分のことみんなに何も話してないんだよ!?」

「ならいい機会じゃねぇか!」

言い合いをしていると、なんだか周りが騒がしくなる。見れば先ほど逃げたはずの男たちで、なぜこの手の輩は敵わなかった相手に対して人数を増やせばいいという安直な考えに至るのだろうかといつぞやのことを思い出した。もちろんエースもいるというのに負けるわけもなく、すでに男たちはそこら一帯に転がっている。

「親父の船にも乗らなかったお前が選んだ船だぜ?気になるに決まってんだろ。どんなやつだ?」

「どんなやつって…強くて、無口だけど優しくて仲間思いの…とにかくみんなに慕われてる人だよ」

「へえ…帰ったら親父に報告しとくか」

「キャプテンを悪者にしないでよ」

「俺たちゃ海賊だ。海に出れば誰であろうと敵同士だろ?」

「……意地悪なお兄ちゃん」

わざとため息を吐くと、ぐしゃりと頭を撫でられる。心配くらいさせてくれ。そう言ったエースは私をじっと見た。そのまま何かを言おうとして、口をつぐむ。

「エース?」

「……お前、この島にはどれくらいいるんだ?」

「明日には出るよ。エースは?」

「俺はこれから出るつもりだ」

立ち上がったエースは、帽子に手を当ててどこか遠くを見ている。一人で行動していることといい、エースの様子といい、何かあったんじゃないかと嫌な胸騒ぎがした。しかし心配ないとでも言うように、振り返ったエースは笑っている。

「そういやこの前ルフィに会ったんだ」

「ルフィに?」

「相変わらずだったよ。アイツ、さっきの#名前#みたいに絡まれててさ」

私たちの弟、ルフィは今何かと世間を騒がせている麦わらの一味の船長である。エースと共に海を出てから、ルフィとは一度も会えていない。

「私も会いたいな」

「俺たちだって会えたんだ。そのうちルフィにも会えるさ」

エースが今抱えているものを話さないのは、自分で決めたことだからなのだろう。野暮用で別行動をしていると言っていたが船長に無断で船を飛び出すことはしないだろうし、おそらく許可を得ているはずだ。それにエースは強い。

「いつか、エースとお父さんにハートの海賊団を紹介するね」

「親父のことだから荒れるだろうな…大津波覚悟しとけよ」

この世界に、絶対なんてものはない。社会情勢も、命も、海も、日々目まぐるしく変わっていく。海に出てから経験して知ったそれらを私たちは分かっているつもりでいた。戦いに負けた時、仲間を失った時、乗り越えるたびに強くなろうと誓い実際に私たちは強くなった。誰かを守れるようになったし、一生ついていこうと思える人にも出会えた。ようやく自由に生きることができるようになった私たちは、たった二人の血の繋がった兄妹でありながらそれがしがらみになっているということを忘れようとしていたのだ。私たちは兄妹であり、弟にルフィもいる。ただそれだけだ。それ以外のことは誰も知らないままでいい。このまま私たちは私たちが決めた生き方で海を渡っていくのだと、そう信じていた。白髭海賊団のジョリーロジャーが刻まれたエースの大きな背中を見送るこの時の私が、後に大きな後悔へとつながることを知らぬまま。


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