早いもので、ほぼ誘拐という形で連れてこられたこの船に乗って一ヶ月が経とうとしていた。まさか自分が誰かの船に乗ることになるなんて、と窓の外を見つめてボーッとする。変わった形だと思っていたこの船はなんと潜水艦で、今は潜水中だった。うっすらと届く地上からの光が海の中を照らしていてとても綺麗だ。初めて潜水した時は私の反応が面白かったのかみんなに笑われたが、海の中を見ることなんてそうそうないのだから仕方がないと思う。潜水して浮上した時も、甲板に続くドアを開けた瞬間に水で濡れてキラキラ輝く船がそれはそれは綺麗で思わず走り出してしまったくらいだ。危ない!というシャチの叫びも虚しく盛大に滑ってしまいキャプテンに首根っこを掴まれ…いや、助けられたのは記憶に新しい。

「ベポ、大丈夫?」

「もうダメ…暑くて死にそう…」

そして毎回潜水中に死にそうになっているのがベポである。潜水中は窓を開けることができず、湿気がこもってなんとも過ごしにくい。ふわふわの毛で覆われているうえにツナギも着ているのだから私たちよりしんどいはずだ。

「お水持ってこようか?」

「お願い…」

床にペタリとくっついたベポがあまりにも可哀想で、食堂へと向かう。途中見かけた船員たちもツナギの上を脱いでタンクトップ一枚になっていた。食堂へとたどりつき、ドアを開けて中へ進もうとすると何かにぶつかって立ち止まる。

「……キャプテン、あの、服は」

「あ?こんな暑いのに着てられるか」

見上げれば、見事な胸板が目に入った。筋肉で引き締まったそこにはうっすら汗が滲んでいて、彫られたタトゥーも相まってなんというか色気がすごい。帽子もかぶっておらず、こめかみから汗が流れている。

「キャプテンもお水飲みに来たんですか?」

「水?俺は朝飯を食べに来た」

「……もうお昼過ぎてますよキャプテン」

この船の船長、トラファルガー・ローについて分かったことがある。まずキャプテンは朝に弱い。起きてくるのはいつも遅い時間で、朝早くに敵襲があろうものならそれはそれは不機嫌なキャプテンが現れて容赦なく身体を切り刻むのだから敵に同情してしまう。朝から騒いでキャプテンを起こしてしまったシャチがバラバラになっていたこともあったな。助けを求めるシャチを思い出し、コップに水を注ぎながらキャプテンの方を見る。

「キャプテンも飲みますか?」

「ああ、後で部屋に持ってきてくれ」

今は飲まないんだ、という言葉を飲み込み頷く。キャプテンは天然なところがあるというか、たまに会話がズレる時がある。本人に自覚はないのだからこちらで処理するしかないのだが、見た目とギャップがあって可愛らしい…なんてことは口が裂けても言えない。
それからベポの元へ戻り水を渡すと一瞬でなくなり、そのまま冷たさの残るコップに頬っぺたをくっつける。ついでにコックにもらってきた氷も渡せばベポは涙を流しながらお礼を言ってきたので相当参っているようだ。

「あれ?#名前#、どこ行くの?」

「キャプテンもお水欲しいんだって」

「こんなに暑いのに#名前#は働き者だな…」

じゃあキャプテンにも氷あげて、と氷を分けてくれたベポ。ジャラジャラと音を鳴らしながらキャプテンの部屋へ向かうとキャプテンは相変わらず服を着ないまま椅子に腰掛けていた。

「キャプテン、お水持ってきました」

チラリと私に視線を寄こして返事をしたキャプテンの眉間には深い皺が刻まれている。その顔はいつにも増して悪人面で、通りすがりの人なら逃げてしまいそうだ。

「お前、その格好でよく平気でいられるな」

「下に何も着てないからですかね?」

「………ああ?」

何で私睨まれてるのキャプテンこわい。

「あ、もちろん素っ裸じゃないですよ」

「当たり前だろうが」

尚も睨まれながら、ローブの下に服を着ていないのが問題なのだろうかと首を傾げる。しかし女だから特別扱いしないと、乗る時に言っていなかっただろうか。

「ここは男所帯だ。俺のクルーに間違いを起こすやつはいねぇだろうが、変な気起こさせるような真似はやめとけ」

そう言ってコップに手を伸ばしたキャプテンは、アイツらのためにもなと付け加えて水を飲む。コクリと頷くと袋に入れた氷を首の後ろに当てて涼み出した。次の島で作るか、という呟きが聞こえたが独り言らしい。

「キャプテンは寒い方が好きですか?」

「暑いより断然いいな」

この船に乗って分かったこと。キャプテンは無口だけど、意外と会話をしてくれる。

「キャプテーン!」

「そろそろ浮上します…って、氷ずるいですよキャプテン!」

「……うるせぇ」

そしてキャプテンは船員たちからとても好かれている。

「ひっ、冷たっ!」

重い腰を上げたキャプテンは、すれ違いざまに私の肩に氷を置いていく。私の反応を見たキャプテンは意地悪そうに笑っていて、意外と笑う人なんだよなあと氷の入った袋を持ち上げた。

「見た目で損してるよね、キャプテンって」

ポツリと呟いた言葉は、無事本人に届くことなく消えていった。


PREV | TOP | NEXT
HOME