雄英高校
再会



 入学式前後の教師にはやるべき雑務が山のようにあって一年間を通しても特に忙しい時期だ。
 ここ連日、自宅に帰る間も惜しんで取り掛かっていた仕事が漸く一区切りつき、書類を資料室に置きに相澤は廊下を歩いていた。さて登校時間までひと眠りするかと思案している時だ。

「オールマイトさんですか」

 微かに、けれどはっきり聞こえた声には覚えがある。
 足がさっそく方向転換する。
 いくらなんでも登校するには早すぎやしないかと思いつつも、早く会えるのは相澤にも喜ばしかった。
 が、廊下の先に姿を捉えたと同時に耳に飛び込んできたのは捨て置けない台詞。

「そうだ、君。よく私がオールマイトだと気づいたね」
「……かっこよかったんで」

 一瞬で眉間に皺が寄る。
 どう見てもオールマイトは西岐に翻弄されている。あからさまに動揺しつつもそれを悪くないと思っているのがはたからでもよくわかる。
 競り上がる不快感は呆気なく口から転がり落ちた。

「なにしてるんです、オールマイトさん……と、西岐」

 我ながらいつもの数段低い声が出た気がした。
 あのオールマイトが威圧されて戸惑いを見せている。
 目線を横にずらして隣の西岐を視界に入れると、彼はどういうわけかオールマイトの影に隠れてしまった。

「……おい」

 瞬間的にイラッと怒りが噴き出す。

「どうしてそうなる」
「こらこら、相澤くん、彼が何をしたっていうんだ。そんなに怯えさせるものじゃない」

 西岐を庇ってるつもりなのだろうが、自ら西岐に被さるように立つオールマイトにこめかみが引き攣る。

「黙ってもらえませんかね、俺は西岐に話しかけてるんです」
「――んん゛っ!」
「いつまでそうしてる気だ?」

 気圧されたことを誤魔化すように咳払いするオールマイトの奥で西岐が肩を揺らす。
 何故かオールマイトと目線を交わして頷きあっている。
 いちいち腹立たしい。
 いっそ捕縛武器で引きずり出してやろうかと思いかけたころ漸く西岐が姿を見せた。

「あ、の……イレイザーさんに挨拶しようかなって、えっと……人に見られないほうがいいのかなって、思って」
「それでなんで隠れる」
「え……えっと」

 見覚えのある西岐のおどおどした態度。
 相澤が知っている西岐はこういう話し方だ。もともと人慣れしない性格なんだろうと思って気にしていなかった。むしろ気に入っていたほうだと思う。
 だが実際はそうでなかったらしい。
 オールマイトに対する態度は相澤に対するそれとは全く違った。
 挨拶のためにわざわざ早起きしてくれる気持ちは嬉しいが、それなら何故オールマイトを盾に隠れられなければならないのか。
 あからさまな差に苛立ちが収まらない。

「……こわい、から」

 毛が逆立つかと思った。
 オールマイトはかっこよくて、相澤は怖いらしい。
 確かに優しいとか好感がわくなどと評価されたことはないが。

「あの……なんで怒ってるんですか?」

 西岐は相澤の怒りを察知してまたもやオールマイトの背後に隠れてしまう。
 このままでは埒が明かない。
 大きく息を吐きだし、雑に髪を掻いて怒りを散らす。

「怒ってないよ」
「……ほんとに?」
「最初から怒ってないだろうが、いいからはやく来い。あとオールマイトさん、校長が呼んでましたよ」

 意識的に普段と同じトーンで話しかけてやると、今度はあっさり出てきて相澤のほうへと歩み寄ってきた。
 オールマイトの口から『相澤くんのウソツキ』と聞こえたが無視して言付けだけ放り投げる。
 厄介払いのための嘘じゃない。これは本当。
 いまだに西岐を心配して大丈夫かと眺めるオールマイトから引き離すように、西岐の背を押して中庭へと向かう。

 西岐をベンチに座らせて息を吐く。
 安堵からか呆れからか。

「俺に用があるならまっすぐ来い。入学早々教師をたぶらかしてんじゃないよ」
「たぶ……?」
「それと挨拶ならもっと早くに来れただろ、引っ越したならなんで連絡をよこさないんだ」
「あ……そうですね」

 その発想はなかったとばかりにハッとこちらを見る西岐に、思い切り脱力してしまう。

「入学したら、イレイザーさんに会えるな……って、あの、そればっか考えてて、頭いっぱいになってた……かも」

 相澤の胸にあったもやもやがポロっと取れる。
 そういうことを不意打ちで言うからこいつはタチが悪い。

「相澤消太だ」
「え?」
「学校では相澤先生と呼べ」
「あ、あいざわせんせ」
「おっと……」

 素直に復唱された呼び名に思わぬダメージを食らって胸に手を当てる。早めに本名を教えておいて慣れておくべきだったか。だが、西岐の『イレイザーさん』という呼び方も悪くないから悩ましい。

「ま、入学おめでとう。俺はまだ仕事があるからまたな」

 これ以上この場にいたらよからぬ感情にやられてしまいそうな気がして立ち上がる。
 手土産に西岐の頭を一撫でして、書類の束を持ち直した。
 西岐が相澤の受け持ちクラス1-Aの生徒だということは生徒名簿をみてとっくに知っていた。が、あえてそれは口にせず立ち去る。
 それでなくても雄英は厳しい。
 ぜひ乗り越えてもらいたいと願う。
create 2017/10/02
update 2017/10/02
ヒロ×サイtop