雄英高校
ファーストコンタクト シン、と静まり返った教室。
爆豪は我ながら乱暴に扉を開けたと思ったが先客は気付かなかったようだ。教室の一番後ろの席で机に俯せになって寝ている。
張り出された座席表を見て確認した自分の席にカバンを置いた。
座席表に書いてある通りに座っているのだとすれば"ヤツ"の名前は西岐というらしい。
西岐の出席番号だけ名前順という法則にのっとっていないのはどういうことなのか。
それなりに広い静かな空間に二人しかいないせいで、やけに西岐の存在を意識してしまう。寝息さえ聞こえてきそうな静けさに思わず舌打ちする。
自分の席に向かうはずの足を少し伸ばして西岐の席へと近づく。洗礼ついでに顔でも拝んでやろうかと思ったのだ。
腕に顔を乗せて俯せに眠る西岐の顔半分が長い前髪の隙間から僅かに見える。
洗礼の気持ちがしぼむ。
何故か起こしてはいけないような気になって、近くの椅子を引っ張ってきて座った。
横柄な座り方だが視線は西岐に向けられて細められていた。悪くない気分だった。
呼吸に合わせて僅かに揺れる頬にさらりと髪が零れ落ちる。
無意識に手を伸ばしていた。爆豪にしてはそっと丁寧に頬に落ちた一房を耳側に戻してやる。指で触れた髪が思いのほか柔らかくて戸惑う。
どれくらいそうしていただろうか。
扉の開く音が響く。
西岐が起きてしまうのではないかと思ったが目は閉じられたままだった。
一度黒板に身体を向け、席を確認したらしいツートンヘアにオッドアイの男《半分野郎》が爆豪の座っている椅子を指さす。
「おい、そこは俺の席だ」
「んだテメェ」
間違いなく相手が正論なのだが、それをまともに聞くようにできていない。
あからさまな敵意と嘲笑を張り付けて見上げる。
相手も相手で爆豪の態度程度ではびくともせず冷ややかな目で返す。
一触即発な空気が漂う。
が、そばの席から苦しげな吐息が聞こえて二人の視線が外れる。
「ん……う、う」
西岐がさっきまでの穏やかな寝顔と一転して苦悶の表情を浮かべている。
「うあ……あ……」
口からは声になり切れない声が微かに漏れていて、それ以上に爆豪を動揺させたのは、閉じた目蓋から涙がボロボロ零れていたことだ。
「起こしたほうがいいな」
そう言った半分野郎の手が西岐の肩に触れる。
堪らず手のひらでニトロが弾けた。
感情と行動を自分でコントロールできないのは今に始まったことではないが、この時は本当に"勝手に動いた"。なんとなく、自分以外の誰かが西岐に触れるのが嫌だった。
「わっ、なに」
西岐の頭が跳ね上がる。
「いつまでも寝てんじゃねえよクソが!!」
「え? え?」
起き抜けに怒鳴られて、二人に見られている状況に疑問符を連発する西岐。乱れた前髪が涙に張り付いてぐしゃぐしゃになっている。
随分長い前髪だなと悠長に考える思考が一部にあって、自分で自分に苛立つ。
「ひどいことになってるぞ」
半分野郎の手が再び伸びる。片手で長い前髪をよけ、もう片手のハンカチで顔拭う。
ナチュラルに触る。
西岐もそれに抵抗がないのかされるがままで。
手のひらにニトロが滲む。
「おはよう! おや……西岐くんではないか!!」
賑々しい男が飛び込んできた。
「あ、いいだくん」
「君も雄英に……って、どうして泣いているんだ!」
飯田の勢いに押しやられて半分野郎の手が離れる。
知り合いらしい飯田という男の言葉でようやく自分が泣いていることに気付いたのか、西岐は袖でごしごしと顔を拭っている。
よもや泣かされたのではとばかりの視線が飯田から向けられる。
面倒そうな臭いを感じて踵を返す。
自分の席に座ったのだが、どうやら飯田を引き連れてきてしまったらしい。
やれ机に足を乗せるな、やれ物言いがどうだとかいちいち煩い。
爆豪の意識はまだ西岐に向いていた。
半分野郎が未だ構っているのが気に障るが顔が髪で隠れたのを見てどこかホッとしていた。
西岐の顔を見ているのは落ち着かないし、他のやつに見せたくない。
自分の中に沸いた感情を持て余していた。
create 2017/10/02
update 2017/10/02
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