インターン
弾丸



 数日後。
 事情を知らぬまま同じ行先だったらしい切島達と移動を共にし、ビッグスリーと合流して、ナイトアイ事務所に到着すると、そうそうたる顔ぶれが集まっていた。有名なヒーロー、西岐の知りうるヒーローだけを上げても、リューキュウ・ファットガム・グラントリノ・そして"イレイザーヘッド"まで居合わせている。
 大会議室にて、ぐるりと机を取り囲んで会議が始まる。

 話は想像通り死穢八斎會に関することだった。
 先日聞かされた『強盗団の逃走中に起きたトラック事故』をきっかけとして独自調査を進めていった結果、ヴィラン連合との接触・組織間で争いがあったことが明らかとなったらしい。そこでHN(ヒーローネットワーク)で数多くのヒーローに協力を仰いだとのこと。
 浅黒い肌のヒーローの野次に反論する形で立ち上がったのがまん丸い身体のファニーな印象のヒーローだ。横に並んだ切島と天喰を見て、ああ彼が天喰の言っていたファットガムなのだなと認識を深める。
 ファットガム曰く、切島と天喰はスーパー重要参考人らしい。
 先日の切島のデビュー戦で打ち込まれた銃弾。中身は"個性"を壊す"クスリ"、なのだと言う。
 一斉にみんなの意識が相澤に向く。
 その中で相澤だけが、静かな視線で西岐を見ていた。
 ナイトアイに促されて相澤がそのクスリの効果と"イレイザーヘッド"の抹消との違いを全員に語って聞かせる。個性因子と呼ばれるものを一時停止させ使えなくするのが抹消、個性因子を直接傷つけることが出来るのが銃弾に入れられていたクスリなのだと。
 説明のさなかもピタリと当てられて剥がれない相澤の視線に西岐は眉を寄せた。
 説明はファットガムに引き継がれて続けられる。切島が身を挺して弾いたおかげで入手できた弾の中身を調べた結果、それが『人の血や細胞』だった、と。
 雄英生たちの間にゾクリとした空気が走るのを肌身で感じながら、西岐は手元に視線を落とした。

 話が入り組んで見えてこなくなった辺りで、ナイトアイが核心を口にする。
 死穢八斎會の若頭・治崎の"個性"は『オーバーホール』、対象の分解・修復が可能という力。以前西岐が予測した通りに、"壊し""治す"個性。
 つまり、娘の身体を銃弾にして裁いている、という話になる。

 天喰に打ち込まれ個性を消した弾の中身が、先日目が合ったあの女の子なのだと。耳に入って脳が理解するなり、ドクンと心臓が飛び跳ねた。それが恐怖によるものなのか、怒りによるものなのか分からなかった。ただひたすらざわざわと胸が騒ぐ。
 無尽蔵に力が湧き出ていても何と無力なのか。むざむざ逃げられてしまうなんて。

 西岐が己の無力さに打ちひしがれている間も話は続けられ、死穢八斎會の潜伏先を探ることを各ヒーローに要請し会議を終えた。





 雄英生がまとまってロビーのテーブルを囲み緑谷たちが『治崎と女の子に遭遇し、怯えている様まで見ていながら取り逃がしてしまった』ことを打ち明けた。西岐も同様に項垂れる気持ちだ。
 エレベーターで降りてきた相澤がじっとりとした空気に突っ込み、テーブルに近付くなりインターンの中止を言い放った。ヴィラン連合が関わってくる可能性がある云々で話が変わってくるらしい。西岐はどうともリアクションが取れずテーブルの下で組んだ指に力を込めて俯く。
 ただ、と珍しく言葉を濁す相澤。
 ここで止めれば緑谷がまた飛び出してしまうと確信したことで、インターン中止という考えを取り下げたらしい。教師らしい包容力を見せ、緑谷の胸に鼓舞するように拳を押し当てる。
 相澤の言葉で幾らか気持ちを持ち上げた雄英生だが、西岐だけは未だ顔を上げられずにいた。渦巻いている感情が複雑すぎて何によって何を回復してあげればいいか分からなかった。

「……西岐、来い」

 感情の波をコントロールしきれずにいる西岐を相澤が呼び、顔を跳ね上げると、返事を待たずにエレベーターに足を向ける。
 足がもつれそうになりながらも閉まりそうなドアに滑り込んだ。
 目的の階を押し、間もなく到着して開いた扉を無言で降りる相澤に続けば、先程出たばかりの大会議室に入っていく。室内には西岐でも知りうるメンツ、ナイトアイ・リューキュウ・ファットガム・グラントリノだけがいて、西岐を待ち構えていたように視線を当てた。

「ご存知とは思いますが雄英1年A組の西岐です」

 相澤が西岐を紹介すると、知っていると言わんばかりに全員が頷く。
 ヴィラン側に顔と名前が知られているのならば当然ヒーローにも知れ渡っているわけだ。注目されるのがあまり得意でない西岐は一歩後ずさり相澤の陰に入ろうとするが、相澤の手が前へと押し出す。

「こいつの血は個性を消せます」

 何の前触れもなく、西岐の能力をその場の全員に告げた。
 心臓が飛び跳ねてぎゅうと胸が痛くなる。
 他の何を知られても『注目されるのは苦手』程度でいられたが個性が消せる能力《封印》の話になれば違う。西岐はこの能力に対してあまりいい感情を持っていない。そして大抵の者がこの能力をいい感情で受け止めないことを身を以って知っていた。それを気心も知れていない人たちに明かされたのだから、動揺も致し方ない。
 ぎゅっと握りズボンに皺を作っている西岐に、困惑の目が集まる。

「俺が抹消できない異形型までも個性が消えます」
「それは……すごい」

 相澤の言葉に真っ先に声を発したのはナイトアイだ。一度"予知"を消されているせいかおおよそ見当がついていたのだろう。一番表情に変化がない。

「治崎が欲しがりそうやな」
「そうね、知っていればだけれど」
「……いや、こいつは体育祭でソレを使っちまってる。馬鹿でなければ気付く」

 感情を割合表に出すタイプらしいファットガムが上ずった声を出し、それに対してリューキュウが神妙な顔で頷き、どうやら一番洞察力のあるらしいグラントリノが鋭い指摘をした。体育祭……そう言われれば確かに使った気がする。
 グラントリノの言葉に相澤も深く頷く。

「俺もそう思います。現に接触したときに治崎は連れ去ろうと試みています」

 これまで表情を変えなかったナイトアイが視線を鋭くする。

「……西岐はこの案件から手を引くべきだ、プロヒーローでもない君がリスクを負う必要はない」
「いやです」

 ナイトアイの正論に西岐は即座に食い下がった。ここに呼ばれたのが引き下がらせる為なのだとしたら全くの無意味だと知らしめるかのように、頑なな声を意識した。
 危険だという理由で少女の救出を躊躇うヒーローがどこにいるのかという話だ。アマチュアだからとはいえ、そこの信念がぶれてはいけない。
 それに、狙われているのなら好都合なのではないだろうか。

「イレイザーさん。言ってくれれば俺はいつでも弾丸になれますよ」

 頭の中が急速に冷えていくのを感じていた。あれほどぐちゃぐちゃに掻き混ぜられていた感情がある方向に真っ直ぐ向かって行く。
 狙われているというのならおとりになれる。懐に飛び込んでいって隙を突くことができる。傷を負えば逆に治崎を封じることが出来て好都合だろう。本気でそう思っていた。
 振り返ると相澤は大きく目を見開いて西岐を凝視した。

「……何がお前にそんな言葉を言わせた?」

 掠れた声が耳に滑り込む。
 見開いた目の中で瞳が動揺に揺れているのを見て発言を誤ったことを知る。しかし今更口を噤んだところで転がり落ちた発言は戻せない。

「駄目だって言われても俺はいきますよ。狙われているのだとしたら遅かれ早かれ俺の関わる問題です」

 ともかく、この案件から遠ざけられるのだけは嫌だった。相澤が関わる事件にいないで、傷を負わせるようなことにでもなれば、今度こそ己への怒りでどうにかなってしまう。
 食い下がる西岐を見てプロヒーローたちが互いに目配せをする。

 結論として、西岐を野放しにして万が一にも治崎の接触があり対応が遅れてはよろしくないだろうということになり、西岐の案件への参加に許可が下りた。相澤は当初、保護を求めて西岐の能力を明かしたようで、西岐が案件に加わることを最後まで渋っていたが、無理に止めて勝手に飛び出していった方が危険だろうというファットガムの意見で反論を飲み込んだ。
 許可はする。ただし、突入はなし。後方支援に徹すること。
 相澤からの言葉に西岐は小さな頷きだけで返した。
create 2018/04/09
update 2018/04/09
ヒロ×サイtop