インターン
クラウチング



 週明け。
 スパルタな仮免講習を受けた爆豪と轟がボロボロになっていたり、麗日と蛙吹と切島が公欠していたりといつもより少し雰囲気が違う教室。
 浮かない顔で授業にも身が入っていない緑谷が気にかかりはするものの、西岐もまた調子が出ないまま一日をどうにかこなし、やっと放課後を迎えて職員室の扉を叩いていた。
 叩いた扉がベキッと微かに軋み、ビリビリと振動する。
 不味いと思って手を離したタイミングで扉が開いて相澤が顔を見せた。

「……あ、の」

 一目見ただけで状態を察したらしく、相澤は何も言わずさっさと廊下を歩いていく。西岐が慌てて追いかけて相澤の後ろから仮眠室に入ると、扉に鍵をかけて西岐と共にソファーに腰を下ろした。
 相澤の髪がふわりと持ちあがり目に赤い光が差す。
 途端に、両手にビリビリと鳴るほどに纏っていた電気が消え、ありとあらゆる音を拾い上げていた耳がシンと静寂を取り戻した。
 確かめるように相澤が西岐の手に触れ、反対の手でするりと額に触れる。抑制が働いていないことと体温を確認してふうと息を吐く。

「少しは落ち着いたか?」

 問いかけに頷きで返すものの表情はいくらも晴れていない。
 自分でもどうしてなのか分からないが、抑制と遠目遠耳は相澤の抹消で個性を消してもらえるのに、予知と念動力が全く消えないようだ。
 どのみち、そうしょっちゅう抹消してもらっているわけにもいかず、能力の暴走によってじわじわと日常に障りが出始めていた。視界の中でチカチカとフラッシュする未来らしき場面に邪魔されて現在の景色が見えにくくなったり、何かに触れた拍子に物を壊してしまうほどの圧がかかったり、音が洪水のように押し寄せたり、クラスメイトの動きを止めてしまったり。
 そして日に日に暴走が増していっている気がするのだ。

「……インターンは諦めた方がいい」

 相澤の親指が隈のできた下目蓋を擦る。
 この状態を見せればそう言われると思っていたが諦めるのは嫌だ。

「えっと……ずっとこうって、わけじゃないから」

 そう切り返すと相澤の眉間に深いしわがくっきりと刻まれた。西岐も大概すんなりと物事を聞かないが、相澤もまた主張を曲げられない質だ。

「いざって時に動けなかったらどうする」
「……結構今の俺、強いです」
「こんな不安定な状態で過信するな」

 きゅっと強く手を握られて、西岐はそちらに目線を落とした。
 相澤に消してもらっているお陰で指先が痺れることもなければ触れている相澤の動きを抑制してしまうこともない。
 "抑制コレ"は個性で、今目に見えているモノは個性ではないのだろうか。だとしたら何なのだろうか。気にしないようにしていたがこう目の当たりにしては考えずにいられない。
 自分で能力を封印してしまえれば一番手っ取り早いのだけれど、自分で自分を封じた場合、少々厄介なことになるのでそれも出来ない。
 思考の世界に潜り込んでいた西岐を相澤の手が引き戻す。
 ぺちっと頬を叩かれて瞬きし、間近にある相澤の顔を見つめる。

「西岐……インターンは今じゃなくてもできるだろ。俺はお前が心配だ……。……なあ、昨日誰に会ったって?……もう一回言ってみろ。その上でよぉく考えろ」

 守秘義務が発生しない限り活動の内容は逐一報告するという約束になっていて、初日を終えて報告するなり相澤の表情が不穏なものに変わったのを思い出す。
 心配してくれている気持ちは嬉しい。心配させてしまうのはこれまでの自分の行動のせいなのも分かっている。それでも、その庇護を甘んじて受け入れるわけにはいかない。

「イレイザーさん。俺、やっと、救けてもいいって"権利"手に入れたんです。なのに、実力不足で救けられないなんてなりたくないんですよ……」

 これが嘘偽りのない今の心境だった。
 だが、聞いたところでそんなことは分かりきっているとばかりに相澤の鋭い視線は一切緩まない。
 言い伏せようと開いた口を、呼び出しの放送が遮る。この声はセメントスか。何やら電話が入っているということで相澤が呼び出されている。
 舌打ちと共に相澤の手が離れていく。

「それ以上動けなくなるなら、担任の権限で辞めさせる。いいな」

 手短に告げて仮眠室を出ていく相澤の背中を見送ってから、ずるっと崩れるようにソファーに横たわった。相澤の抹消が消えても今は特に暴走状態にはならないようで、息を吐いて目を瞑った。額の上に腕を乗せて影を作り、静かに呼吸を繰り返す。
 意地になってインターンを続けると言ったが本当に迷惑をかけてしまうほどの不調ならば考えなければいけない。
 けれど、もう少し……。もう少しだけ様子を見たい。
 何とかなる気がしているのだ。気休めに自分がそう思い込んでいるのか、第六感の感覚なのかは分からないけれど。





 どのくらいの間だったのか。
 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。優しく髪に触れる手があることに気付いた。
 目を開くと真上にオールマイトの笑みがあって、西岐の頭の下にはオールマイトの膝があるようだった。

「起こしたかな」
「……はい」

 まだぼんやりした意識の中でゆるく笑みを浮かべて答える。
 細長い指が西岐の髪をすくように撫でる。

「オールマイトさん……悲しそう……どうしたの」

 彼らしくない陰りのある笑いに目を細めた。オールマイトの膝から起き上がり、手を伸ばして頬に触れる。
 オールマイトは言葉にするのを躊躇ったのか口を閉ざしたまま数回瞬きを繰り返した後、西岐の身体を引き寄せた。反発する気持ちと戦っているかのような酷く弱い力で抱きしめ、西岐の肩に額を押し当てる。
 その瞬間、一気にオールマイトの心の内が押し寄せてきた。

 ナイトアイとの価値観の違いによる切ない確執。
 告げられた死に関する予知。
 後継者に関してナイトアイと齟齬が生じ、彼との溝が深まってしまったこと。
 ナイトアイが選び出し育成している後継者が通形だということ。
 そして、そのことを緑谷が知り、オールマイトに真相を尋ね、すべてを打ち明けたということ。

 緑谷が不調だったことを思い出し、あれはそういう理由だったのかと理解して、近くにいながら何も気づかなかった自分を心の端で悔いる。第六感が鋭敏になろうと何の役にも立たなかったことが悔しい。

 オールマイトの悲しみが濁流のように流れてきて、西岐の胸を締め付けた。
 憧れて憧れて目指すことを諦めきれないくらいの熱烈なファンである彼に自分の死に繋がる話を聞かせなければいけなかったことが。
 救ける側ではなくなってしまったことが。
 痛いほどに悲しい。

「ああ……悲しまないでくれ……」
「むりだよ……つながってるんだもん……」

 オールマイトの悲しみを感じて西岐も悲しくなれば、そのことでオールマイトが心を痛める。感情が共鳴してどちらのモノか分からなくなりそうだ。

「……予知、か」

 グルグル回る感情の中で、目を伏せて、何気なく呟いた自分の言葉に思考を委ねる。
 見て知った未来が変えられるのだとしたら、それは予知とは呼べない。本当に予知なのだとしたら、きっと未来は変えられない。
 それでも変えようとしてしまうのが人間なのだけれど。

「案外シビアに考えるね」
「……ごめんなさい」

 些末な思考まで伝わってしまって、よりにもよってな考えで、西岐はやってしまったとギュウッと目を瞑る。

「いいさ……逆に気が楽になる」

 ふっと息を吐き出す気配がしてオールマイトが笑ったのが分かる。
 伝わってくる感情も幾らか和らいだ。

「オールマイトさん……、オールマイトさんは嫌かもしれないけど……それでも俺も守ります。ヒーローですから。たとえそれが平和の象徴と呼ばれた最強の人でも、ピンチから救わないなんてことは有りえないんですよ」

 きっと緑谷もそういう気持ちでいたに違いないと思いながら、ひとつひとつの言葉を噛みしめてオールマイトへ向けた。
 弱々しかった腕の力が途端に増して、西岐の身体が反りかえる。
 肩口に押し当ててくぐもった声で『なるほど』と言って、あとは心臓の音を伝えるだけとなった。
create 2018/04/09
update 2018/04/09
ヒロ×サイtop