インターン
正義の所在



 突入するなと言われていた西岐が地下に入った理由は、クラスメイトのピンチでも、少女の救出の為でも、治崎を倒すためでもない。ただひたすら真っ直ぐに相澤のピンチに駆けつけるためだ。
 それでも、あの少女のことは捨て置けなかった。トゥワイスに作り出された分身がどれだけ役に立てたのか"本体"である西岐が知る由もないのだが、地響きのような音がする方向に目を向け緑谷が少女を抱きかかえているのを見て、なんとなくあちらはもう大丈夫だと思えた。
 途中で拾った布切れと歪んだマスクに視線を落とす。ほんの僅か手のひらに意識を向ければみるみるうちに元の形状へ戻っていくそれらを身に纏う。
 黒いつば広帽子と、コートジャケット、そしてペストマスク。
 全身を覆い隠すのに丁度いい。

 治崎と戦闘している場所と違い綺麗なタイルと扉のある如何にも地下室らしい場所に相澤がいた。相澤を捉えているのは西岐の記憶と第六感が正しければ玄野と呼ばれていた腹心の男だ。フードをおろしマスクを外しているが、あのジャケットと雰囲気には覚えがあった。
 相澤は玄野の個性のせいか身動きが取れない状態のようだ。
 上から鳴り響いてくる音が玄野を焦らせたのかナイフを振りかざして今まさに相澤を貫こうとした、その手を西岐が掴んだ。勢い余ってナイフの刃まで握りこみ血が噴き出す。

「――ッ音本!?」

 西岐の纏う服の持ち主は音本というらしい。だが今はその情報はどうでもいい。

「ナイフを離せ……」

 沸々と湧き上がる怒りを押し殺して淡々とした声で促すと、声や体格の違いで目の前の人物が音本ではないとすぐに察したのだろう、玄野がナイフのグリップをグゥと強く握る。

「……玄野、俺の言うことを聞いて、ナイフを離して」

 ボダボダと血が落ちて、大きな赤い丸を床にいくつも描く。
 這いつくばっている相澤がこちらを振り向こうとしているのだろうけれど、動いているのかどうか分からないほどの緩慢な動作になっている。黒いコスチュームのせいで傷がどれほどか分からないが、軽くはなさそうだ。傷を治してあげたいがそうすると西岐だとバレてしまう。それは全力で避けたい。申し訳ないが救けが来るまで堪えてもらわなければ。
 そう思っている間にこちらへと駆けてくる複数人の足音を西岐の耳が捉えた。

 ナイフの刃を握り締めたまま玄野の方へと身を寄せ、そっと小さな声で言葉をかける。
 西岐の言葉に戸惑ったところへ、玄野にも足音が聞こえてきたらしく、迷いながらもナイフのグリップから手を離した。

「いい子」

 ナイフを投げ捨て、玄野の手をとる。
 天喰と警察が駆け付ける前に瞬間移動でその場から移動した。





 移動先に選んだのは死穢八斎會の本拠地からほど近いビルの屋上。本拠地の近くの十字路、治崎と緑谷が闘っていたのであろう場所に大きな穴が開いているのが見える。一体どんな戦いを繰り広げればあんなことになるのか。そして結果的にあの治崎に勝ってしまうのだから緑谷という人物は本当に凄い。

「イレイザーさん……解放させてね」

 玄野に一応の断りを入れて口の中で《封印》と呟く。玄野の手には先程の血が付着している。全身がズンと重くなるような負荷がきて玄野の個性を封じたということを実感し、今頃、相澤が制限から解放されていることだろうと思いながら、土埃の舞う景色を眺める。

「さて、と。先に行ってようか」

 救急車両と護送車が立て続けに到着するのを見て声をかけると、玄野はペストマスクをつけ、フードを被って西岐へと手を伸ばす。
 西岐はマスクの下でゆるく笑みを浮かべて手を握り返した。
create 2018/04/10
update 2018/04/10
ヒロ×サイtop