インターン
right hand



 治崎を乗せた護送車がヴィラン病院に向かう高速道路を走行中、前方のトラックの荷台に乗ったヴィラン連合が現れた。まずは手始めとばかりに荼毘の炎が道路を伝って警察車両を焼く。
 しかし、炎から守るように身体を砂に変えて車両を覆ったのはサンドヒーロー・スナッチだった。死穢八斎會の若頭を護送中なのだからヒーローがいないわけがない。しかもスナッチの個性は砂。死柄木との相性はあまりよくない。……のだが。
 代わりにとコンプレスが切り取って圧縮していた岩を出現させて車両をひっくり返し、見事な連係プレイで護送車をも転倒させた。
 人命を優先させたスナッチの隙を突いて荼毘の炎を巻きつけ、コンプレスによって圧縮。いくら砂が燃えないとはいえ肉体のある人間だ。炎ごと閉じ込められたとあればおそらくあの小さな空間の中で燃え続けることとなるのだろう。
 護る者のいなくなった護送車からはりつけになっている治崎を引っ張り出した死柄木。

「なァにが『次の支配者になる』だ」

 嘲りながら治崎を拘束しているマットレスを蹴り飛ばす。
 治崎の殺しに来たのかとの問いかけをあっさり否定し『最も嫌がることを考えた』と言い放った。

「俺はお前が嫌いだ。偉そうだからな」

 顔に貼りつけている手のひらを剥がしながら嫌悪感を漂わせる死柄木にコンプレスも同意を示し、治崎の左腕を"圧縮"した。
 本命はどちらかといえば治崎の作った完成品なのだろう。銃弾の入ったケースと、もう一つのケースと手に取って、無造作にポケットへと押し込んだ。
 そしてトドメとばかりに治崎の残りの腕に触れる。

「あのな、オーバーホール。"個性"消してやるって人間がさァ、"個性"に頼ってちゃいけねェよな」

 そういうなり、五指で触れた腕がビキビキと崩れ始める。

「切り離さないと塵になっちまう」

 ナイフを構え妙に楽しげな空気を撒き散らし、まるで木材でも切り離すかのように一息に腕を切り捨てた。
 拘束具ごと地面にぶつかり治崎の手が無機物かのように転がる。

「これでおまえは無力非力の"無個性"マン。――おまえが費やしてきた努力はさァ! 俺のもんになっちゃったよ!! これからは咥える指もなく、ただただ眺めて生きていけ!! 頑張ろうな!!」

 治崎も大概だったが、死柄木の狂気はやはり飛び抜けている。これ以上ないほど歪な笑いを浮かべて治崎に絶望を叩きつける様は、治崎を憐れに思うほどのものがある。

「それはどうだろう」

 ガン、とわざと音を響かせて横転した護送車の上に降り立つ。
 つば広の帽子にコートジャケットの男と、白いジャケットのフードをかぶった男。どちらもが見覚えがあるだろうペストマスクをつけている。

「そうはならないんだよね、残念ながら」

 ヴィラン三人が振り返り見上げた時には今度は治崎のすぐそばに移動して、治崎を見下ろす。
 視線が絡まって治崎が訝しむ。

「……音本?」

 違うと分かっていながらの問いかけだった。

「救けにきたよ、チサキ」

 その声。
 その独特な声の調子。
 治崎が弾かれるように目を見開き、死柄木もまた理解が追いつかないとばかりに凝視する。

「……西岐?」

 死柄木に名を呼ばれて、顔を上げる素振りを見せる。それだけで"正解"と告げたのも同然だった。別にヴィラン側に知られようとどうともない。

「なんで、……なんでそっちだ? こっち側に来い!」

 死柄木の感情が噴き出すのをマスクの下で目を細めて眺める。

「……いやだ」

 短く、はっきりと、明確に答え、治崎に触れるために屈みこむ。
 死柄木がまだ何か言いかけていたがそれ以上は耳を貸さず、治崎と玄野に触れ、先程まで身を潜め待ち構えていたビルへと移動するのだった。





 ビルの屋上に移ってすぐ、治崎にレストアをかけ失った腕を戻し、傷やダメージの一切を消し去ってやると、自ら拘束を壊して起き上がった。顔には未だに困惑が貼りついている。
 屋上設備の凸凹に身を隠すように寄り掛かり、ペストマスクを外して息を吐く。ずっとこれをつけっぱなしというのは割合しんどい。レストアと封印の反動もあって首筋がじっとりと汗ばんでいる。

「えっと……マスクは欠片が見つけられなかったの、無くてもいい?……あ、これつける? 汚い?」

 これまで西岐が"視"た光景では他人の血や何かが触れるたびに汚いと言いながらブツブツと蕁麻疹を出していた。余程の潔癖症なのだろう。今まで自分がつけていたペストマスクを治崎に差し出してみると、眉間に深い皺を寄せて理解できないとでも言いたげに額を手で押さえた。
 まあ、さっき血の付いた手で触っているから今更なのだが。

「なんで助けた」

 至極もっともな問いがぶつけられて西岐は、もう一度治崎の方へと歩み寄る。未だにマットレスに腰を掛けた状態の彼の前に立ち見下ろす。

「俺の手になって」

 治崎の異常なまでの執着を思い出していた。彼の中でどういうストーリーがあってああも思い込んだのかは分からないが、あの真っ直ぐな狂気が西岐にとって有用になる。

「俺の為に動いてほしい」

 正面から治崎に視線を向けて飾りのない言葉をぶつける。
 治崎は眉間に皺を寄せたまま、随分と長い間復元された己の手を見つめた。切り離された手の先は回収していないから手袋は復元できなかった。そのため剥き出しの手だ。そこには西岐の血が微かにこびりついていて、万が一の保険が掛けられていることに気付いているだろう。

「おまえも大概どうかしてる……犯罪だろ、これ」

 分かり切ったことを言う。さっきから発言が凡庸だ。それほど動揺しているということか。
 後ろで静かに佇んでいた玄野へ治崎がちらりと視線をやると、言いたいことを察したらしい玄野がマスクを外して口を開く。

「私は、この人が結構気に入ってる。アリだ」

 外向きの言葉遣いではなく素の口調で答えた玄野に、治崎は再び自分の手を見下ろす。指を開いては閉じ、動かせることを再確認しているようにも見える。そしてゆっくりとした動作で腰を上げ西岐と向かい合う。
 じっと注がれる視線を西岐は真っ向から受け止めて、持っているペストマスクを差し出す。

「おまえの手か。……まあ、悪くない。いいだろう」

 差し出した手からペストマスクを奪い、指先を引き寄せる。
 赤黒く血で汚れた手に直接触れ、口を寄せた。

 遠くでサイレンの音が響いていた。
create 2018/04/10
update 2020/03/16
ヒロ×サイtop