インターン
喪失



 西岐が病院に搬送されてきたのは他の者たちよりもずっと遅れてだった。すっかり日が暮れ、怒涛の時間が過ぎ去り、なんとなく一息つくような空白ができた時、ストレッチャーに乗せられ運ばれるオレンジ頭が見えた。

「――西岐……、どうした、怪我か」

 それが西岐なのだと理解するなり救急隊員と看護師の隙間に飛び込んだ。
 朝見た時には短く切りそろえられていたはずの前髪が、以前のように長く伸びて鼻先までを覆い隠している。ストレッチャーの揺れに合わせてハラリと零れては、ぐったりと閉じられた目元を見せた。青白い顔でぴくりとも反応をしない様子に相澤の胸が嫌な音を立てる。
 救急隊員によれば『ヴィラン連合が開けた穴の途中に倒れていたのをヒーローに救出された』ということらしい。
 運ばれていった処置室の前で看護師に入室を制止され、立ち尽くし呆然と扉を見つめる。

 一時間ほど経ってようやく扉が開き、医師に入室を促された。
 輸血を施したらしき器具を看護士が片付けているのを横目に西岐の元へ足早に近づけば、点滴の針が固定されたのとは反対の腕と手のひらに包帯が巻かれていて、覚醒と睡眠を繰り返しているような微かな瞬きを繰り返していた。

「怪我自体は大したことありません。ただ大量失血によりショック状態に陥っていてあと少し遅ければ危なかったかもしれません。輸血をしましたのでしばらく安静にしていただいて、状態を見ながら処置していきますので……。では、病室に移す準備を」

 相澤に説明をしてから看護師に指示を出し医師と看護師が処置室を出ていく。
 処置の為なのか、救助された時からこうなのか、肘から先と膝から先のコスチュームがない。ガントレットも靴も身に着けておらず、アームウォーマーを取り払い、ひざ下でスーツが裂け、裸足で歩いたのか足の裏が土で汚れ擦り切れている。
 大量失血……。

「何をやってたんだ、お前は」

 誰とも行動を共にしていない。
 一人遅れて搬送されてくる。
 それでこの状態だ。
 暗間と待機しているのではなかったのか。突入はするなと言い聞かせたはずなのにどうして地下に入ったのか。
 ――暗間……。あの人は何のために現れてその後どうしたのか。
 次々に浮かび上がった考えが交錯して纏まらない。

「…………ト、ガ」

 微かに口が動いて聞き覚えのある音を紡ぐ。

「渡我……? 渡我に血を抜かれたのか」

 頷いたつもりなのだろう、微かに身じろぎをして睫毛を震わせた。

「いれ、い…………ぶ、じ……?」
「ああ」

 相澤が短く返事をするなり満足そうに表情を緩め、スゥと目蓋が伏せられ西岐の意識が遠退いていく。
 静かな寝息が聞こえてきて相澤の心中を幾らかマシなものにする。
 まもなく看護士がやってきて処置台に寝かせられていた西岐を病室に運び入れた。意識がない間も一定の時間ごとに医師がきて状態を確認し、このまま寝かせていれば大丈夫だろうということでそれ以上の処置はされなかった。
 それからかなりの時間が経過し、外来と面会の時間が過ぎ去り、病院内には患者と医療関係者・今回の事件の関係者のみとなった頃、再び西岐が目を覚ました。視線だけで辺りを見渡し、包帯の巻かれている自分の手を持ち上げて状況を理解しようとしているらしい。

「……あ、みんなは」

 ハッとして急に起き上がる。相澤が止めにかかっても構わずベッドから降りようとした。

「みんな、すごい怪我……してた、治さないと……」
「ここは病院だ。リカバリーガールがきてもう治癒してる」

 抱き留めた身体は能力の疲労が原因なのか、平常時よりもかなり熱い。こんな状態でレストアを使わせるわけにはいかない。

「治った……? みんな? みんな無事?」
「――……」

 問いかけに対して返事が詰まった。
 どう、言えばいいのか。
 そのせいで西岐はまさかという表情で、探るような目をそこら中に走らせた。とある一点で目線が止まり、相澤の手を振り払って姿を消してしまう。

「――ッ」

 呆気ない。捉えようと伸ばした手が宙を掻く感覚に眉を寄せ、西岐の向かった先へと相澤も歩いて向かう。
 病院の奥まったところにある薄暗い廊下の先。患者の目に入れず搬出するための扉があって、そのすぐ隣の部屋の扉が開きっぱなしになっている。
 ベッドに横たわるナイトアイの肩に触れた西岐の髪がブワッと舞い上がっている。
 見た目に変化が起きにくいのが西岐の能力だ。レストアも然り。それがこれほど見て分かってしまうなんて……どれだけの勢いで放出しているというのか。
 布が掛けられていて分からないが、失われていた左手が戻り、大きく空いていた腹の孔も塞がっているに違いない。けれどもどうやったところで"復元"できないものがある。

「……無理だ。もう何時間も前に息を引き取ってる」

 西岐の手を掴みナイトアイから引き剥がす。放出されていた力が相澤へと向かい、肩に感じていた鈍い痛みが掻き消えた。
 途端に西岐の髪が重力に従って垂れ下がり小さく息を詰まらせた。

「こんなことも……"視"えていなかった」

 がくんと膝が崩れ床に跪く。
 相澤が掴んでいる手だけに支えられて項垂れる。

「……役に立たない……、なんもできない」

 無力感に襲われ消え入りそうな声で呟く西岐を見て相澤は違和感を覚えていた。西岐の中にある劣等感や無力感は出逢った当初からあったし、大きな出来事に出くわすたび実感しているようではあったが、それを本人が克服しようと足掻いてきたこともあって少しずつ薄れてきていたはずだったのに。今目の前にいる西岐は、まるで入学したての頃のように自信がなく不安定に見える。
 いくら見知った者の死を目の当たりにしたからと言ってここまで逆戻りするものだろうか。
 せめて泣き喚くくらいの感情を見せてくれればいいのだが。ただ静かに押し殺すように俯くだけだ。

「……ほかの人は? 無事?」

 西岐の表情は長い前髪に隠されて見えない。顔を上げぬまま弱々しいふにゃりとした声が問いかけてくる。
 余程みんなの安否が気にかかるのだろう。さっきのように勝手に消えられては敵わない。だから今度は隠そうとはせず一人一人がどういう状態からどう処置されたのかを説明していく。思った以上に深手を負った者が多かったが医者の処置とリカバリーガールの治癒でほぼ回復済みであること。エリという少女に関しては隔離して治療中であること。……通形が死穢八斎會の銃弾を受けて個性を破壊されたこと。

「………………血清」

 ぽつり、と呟く。
 あまりに声が小さかったせいで相澤の耳が聞き取ることはできなかった。

「ミリオせんぱいの個性は……俺が取り戻します」

 一体どういう表情で言ったのか。
 酷く危うい響きが、この薄暗く狭い空間に漂った。
create 2018/04/11
update 2020/03/16
ヒロ×サイtop