インターン
ただいま、またあした



 一夜明け。
 同じ報道が繰り返し流れているテレビを、西岐はロビーに座って眺めていた。
 死穢八斎會の若頭を護送中にヴィラン連合に襲撃され、重要証拠品の紛失が確認されたと。その証拠品の一つが通形に打ち込まれた完成品で、もう片方が血清……だったはず。
 現場には護送されていた犯人の身体の一部のみが残され、身柄の安否を確認できていないらしく、ヴィラン連合に拉致されたのでは、生きていないのではという見解がキャスターにより語られている。
 制服に着替え、コスチュームの入ったスーツケースとカバンを膝に抱え緑谷が戻ってくるのを待っていた。緑谷は今通形のところに挨拶に行っていて、きっと個性の話をしているに違いない。西岐も本当は様子を伺いたい気持ちがあったのだが、どういう顔をしていいか分からずロビーでじっと待っていた。

「イレイザーさん、あの、……イレイザーさんは、えっと、エリちゃんの暴走を止めるために、残るんですよね……病院に」

 同じく目の前のテレビに視線を投げだしていた相澤に声をかけると、そうだなと低く答えた。
 西岐はポケットから小さな小瓶を取り出す。透明なガラスでできた人差し指程度の大きさの小瓶の中に少量の赤い液体が入っている。

「もしもの時に……これ」

 個性の暴走ならば西岐が一番抑えるのに適切だ。血液さえ付着していれば半永久的に封じることが出来る。
 小瓶を差し出すと相澤は嫌そうな表情でそれを受け取る。

「絶対使わない」
「ええ……」
「なんで用意済みなんだ、お前のそういうところが」
「ああああ、あ、あ、デクくん」

 要らないとは言わないが確実に使う気がないであろう物言いと共にポケットへと押し込んだ相澤の口から地を這うような小言が零れ始めて、西岐は逃れるべく視線を彷徨わせて緑谷が戻ってきたのを見てそちらへとそそくさと逃げた。
 緑谷に続いて切島と天喰も最後の診察を終えロビーに集まり、これから全員で学校に戻る。

 ナイトアイの死、通形の無個性化、エリの暴走の懸念。
 複雑な思いを残して……。





 学校に戻ってからも色々と調査や手続きが立て続き、結局西岐たちが寮に帰れたのは夜だった。
 切島・緑谷・麗日・蛙吹、そして西岐はクラスメイト総勢で出迎えられた。
 ニュースで事件を知って心底心配していたらしい。心配が高じてかクラスメイト達のテンションと声が一気に昂り、玄関先が騒々しさで溢れ返る。
 西岐はできる限り他の人の陰に入り、クラスメイトの注目を浴びないようにと逃げ、部屋に戻るという爆豪に便乗するようにエレベーターに乗り込んだ。

「おい」

 エレベーターの中で爆豪に声をかけられ必要以上にビクッと飛び跳ねる。
 声のない悲鳴のようなものが喉をすり抜けた気もする。
 西岐の驚きように爆豪もまた驚いたのか軽く見開いた目を西岐に向けて何事だと見つめる。

「あ……あ、だ、いじょうぶ」

 なにがと聞かれたら答えられない。けれど爆豪は特に聞き返しはせず、四階に到着して開いた扉の外へと足を踏み出した。
 ほっと息を吐く西岐。
 だが、扉が閉まる前に腕を掴まれて外に引っ張り出された。
 背後でエレベーターが五階を目指して上昇していく。
 爆豪は構わず廊下を突き進み自分の部屋の鍵を開け部屋に入っていく。手を掴まれたままの西岐はグイグイと引っ張られて爆豪に続き、ぽんっとベッドに放り投げられた。
 突然のことに反応もできずベッドに転がって呆然と見上げる西岐に爆豪がのしかかる。

「え……なに」

 乱れた前髪を爆豪の手がグイと払う。

「なんかあったのかよ」

 視界を覆い隠していた前髪が払われたことで鮮明になった視界の中、爆豪にしてはやけに優しげな表情で見下ろしてくる。

「……ニュース、見たでしょ」
「それとは別だ」

 てっきり事件のことだと思って言葉を返せばあっさり否定される。
 別、と言われて西岐の胸が跳ねる。

「なんかあっただろ、俺には分かる。今のお前は可笑しい」

 西岐が痛みに顔をしかめるのにも構わず肩に置いた手に力が込めて疑問を上から注いだ。
 何を話せばいいのかと言葉を探しては沈黙する西岐をよそに、爆豪は横にずらした長い前髪を指で掬い取った。

「髪、戻ってる。……なんでだ」
「あ……それはくらまさんが」
「暗間?」

 つるっと言葉が出ていって爆豪の目が怪訝なものに変わる。

「何をされた、言え」

 爆豪の手から零れ落ちた髪が頬を滑って横に流れる。肩に置かれた手に一層力が込められたのが分かって言わないわけにはいかないなと観念した。

「記憶、消された」

 相変わらず言葉選びが下手で、その一言が爆豪の表情を凍り付かせる。

「か、過去の、記憶。か……かつきくんのことは覚えてる」

 誤解を招く言い方だったとすぐに気づいて言葉を付け足すと、押さえつけていた手の力が抜けていき、西岐の肩が解放された。
 代わりに煩わし気に自分の髪を掻き混ぜている。

「でも、感情?……も記憶と一緒にこぼれてて、それも消えたの。……俺おかしい?」

 押さえつける手がなくなって西岐が体を起こすと、向かい合って座るような体勢になって、爆豪の眉がらしくなく垂れ下がる。目を覗き込みながら下目蓋をなぞって、ズル、と爆豪の体勢が崩れた。
 頬と頬が触れ、肩に鼻先が埋められる。背中に回った手が痛いくらい抱きしめた。

「おかしいだろ。……なんだ記憶を消すって……なんで、俺を怖がってんだ」

 言われて、さっきから必要以上に心臓が飛び跳ねていることに気付く。何度も覗き込んできた視線から逃げ顔を反らし、今もどうにか逃げられないかと考えている。爆豪が怖い。それはまるで会ったばかりの頃のような感覚。
 暗間が施した"記憶の蓋"の影響なのだろうけれど、どうして自分の感情がそこまで遡ってしまっているかはよく分からない。爆豪のこともみんなのことも相澤のこともちゃんと覚えている。雄英で過ごした時間を忘れてはいない。なのにそれに関わって得てきた感情がすっと遠くに行ってしまっているのだ。

「ごめ、ん……ごめんね、すぐまた、慣れるから」
「ふざけんな」
「……ごめんね…………嫌になった?」
「なるかよ」

 骨が軋みそうなほどめいっぱい抱きすくめられながら、それでも注がれる声が優しくて、西岐の心もまた申し訳ない気持ちに押し潰されそうになっていた。





 それから、随分と時間をかけて西岐の知りうるだけの暗間とのことを話した。力を施されている時の感覚や、突然見せた鋭利な表情のことに至るまで、何一つ隠すことなく。
 説明下手な西岐の言葉をどれくらい正確に爆豪が理解してくれたのかは分からないが、途中途中で上手に必要な問いかけを挟んでくれて、ある程度彼が納得するところまで話が進められたようだ。
 時計に目をやると部屋に戻ってからかなり時間を消費してしまっている。

「あした……補習、が」

 確か寝ると言って立ち去ったはず。
 一通り説明も終えたことだしと立ち上がった西岐の手を爆豪が掴む。我ながらとんでもなく非力だと思った。座ったまま軽く引っ張られただけで西岐の身体はベッドへと舞い戻って、しかもその勢いのままゴロンと転がってしまう。

「今日はここで寝ろ」

 またもや覆い被さるように押さえられて西岐の頭の中は軽いパニック状態に陥る。

「せ、制服……」
「脱げばいいだろ」
「着替え……」
「貸してやる」

 どうにか解放されないだろうかと試みて放つ言葉が無下にあしらわれて、もう西岐に反論するだけの言葉と思考力は残されていなかった。むしろあまりにゴネて爆豪の機嫌を損ねたほうが恐ろしいと思ってしまう。
 何度か頷いて分かったと伝えると、爆豪は見たこともないほど穏やかに唇を緩めた。
create 2018/04/11
update 2018/04/11
ヒロ×サイtop