補講
呼び出し



 何か鳴っているなと思っているうちに途切れて、また鳴りだす。
 隣で身じろぎする気配があって掛け布団が引っ張られ、西岐ははみ出てしまわないようにとそちらに身を寄せた。
 コツッと額に何かが当たる。

「鳴ってる」

 薄目を開けてみれば間近に爆豪の顔があって額にスマホが押し付けられている。音の発信源はこれらしい。
 だが、まだ眠たい。
 上目蓋と下目蓋がまだ仲良ししていたいと言っている。
 目を閉じてもう一度眠りに戻ろうとしている西岐へ爆豪が顔を近づけ、ガブリッと耳たぶへ齧りついた。

「ひ、あああ……」

 ばちっと両目が開く。

「起きろ。俺もそろそろ起きないといけねえ」

 全身に鳥肌が立つような感覚に身を捩る西岐の顔の上にスマホを置いて爆豪はさっさと起き上がる。
 すっかり目が開ききってしまった西岐は、顔の側面で音を響かせては震えるスマホを渋々ながら手に取り画面をスライドさせた。

「はい……」

 相手を確認しないまま耳に当てると、聞き覚えのある声が耳に滑りこんできて、西岐の覚醒をより一層促す。布団から起き上がり、何度か短い返事を返して通話を切った。
 西岐の態度を不審に思ったのか爆豪が着替えの手を止めて視線で相手を問いかけてきた。

「……くらまさん」

 スマホを掲げ揺らして見せつつ相手を告げれば、爆豪の表情が僅かに硬くなった。





 電話の内容はこうだ。

『今日の仮免補講に私も顔を出すことになりまして、ご一緒にいかがですか。勿論許可はとってありますよ』

 どうして西岐の叔父の秘書であるはずの暗間がヒーロー仮免の補講に顔を出すのかという疑問に襲われるものの、どうせ尋ねたところで肩透かしを食らうだけで納得のいく答えはくれないのだろう。
 仮免補講……爆豪と轟が受けていて毎回ボロボロになって帰ってくる、あれだ。正直……気になる。
 なので『行きます』と答えて暗間の満足げな声とともに通話を終えた。

 シャワーを浴び、部屋に戻って制服に着替え玄関に向かうと、爆豪と轟がすでに支度を整えて待ち構えていた。

「れぇも補講行くって?」
「……うん、見学」

 轟の不思議そうな問いかけに短い返答をすると、まだ続きの説明があるとでも思っているのか、リアクションがない。

「え、っと……、くらまさんがね、見学に来いって。さっき電話がかかってきてね」
「暗間って秘書の? 関係者だったのか?」
「……うーん、わかんない」

 関係者かどうかは分からないが少なからずコネクションがあることは確実だ。先日ヒーローの前で堂々と佇んでいたことといい、西岐が無試験で雄英に合格していることといい、暗間か叔父のどちらかが関わっているのだろう。
 轟との会話に気を取られていると後ろからドンと肩をぶつけられる。

「くだんねぇことくっちゃべってんな、目障りだ」

 爆豪の苛立った声を聞きながら、西岐の軽い身体がよろめいて反対側の轟にぶつかった。

「大丈夫か」
「く、そ……舐めプ……」

 朝方までは割と穏やかだった爆豪の機嫌が急によろしくなくなっている。西岐の肩を抱きとめた轟に向かって今にも爆破を食らわせかねない顔でギリギリと奥歯を噛みしめている。西岐は何とも言えない表情で二人を見比べてそっと息をついた。この二人と会場まで一緒に行くのか。会場まで保つ気がしない。
 なかなか相性の悪い二人に挟まれて校門まで来た時、そこにはプレゼントマイクとオールマイトの姿があった。
 これまでの引率は相澤がしていたそうなのだが先日の事件のことでかかりきりとなってしまい、代理をオールマイトが、警護をプレゼントマイクが任されたのだそうだ。
 説明し終えるなり補講を受ける二人の間に西岐がいることに教師二人がきょとんとする。

「あっれ、れぇちゃんも補講? だっけ? 俺聞いてねえゾ」
「いやいや、西岐少年は受かってるよ。見学かな」

 引率の教師に説明しないという訳にもいかない。説明下手の西岐とはいえ三度目ともなれば慣れたもので『叔父の秘書の暗間が云々』という説明をつるっと口にして二人の納得を得た。オールマイトは特に『なるほど』と意味ありげに頷いている。

「じゃあ、行こうか」

 手招きされるまま近寄っていくとオールマイトが肩に手を置き、バスへと促して歩きだす。
 後方からベキッ、ボキッと何かがひしゃげるような音が聞こえた。

「……あーあ、ケースが」

 呆れたような笑いを含んだプレゼントマイクの声に振り返ると、轟と爆豪のスーツケースの持ち手が微妙に折れ曲がっていた。
create 2018/04/12
update 2020/03/16
ヒロ×サイtop