補講
知る人、知らぬ人



 補講が行われる総合体育センターに到着し、観覧席に続く階段に差し掛かったところで全員が足を止めた。
 独特の空気を纏った男が階段下に佇み、西岐を含めた全員に向けて恭しげなお辞儀をしたからだ。プレゼントマイクと轟が誰だと疑問を浮かべ、オールマイトと爆豪が「あ」と反射的な声を上げた。一番後ろを歩いていた西岐はどういう顔をするのが正解なのか分からず、前髪の内側で目を伏せる。

「お久しぶりです。オールマイトさん、爆豪くんも」

 いかにも胡散臭そうな笑みを浮かべて挨拶を向ける暗間に対して、オールマイトは少々畏まった様子で頭を下げ返し、爆豪は無言のまま何か言いたげに見据えた。二人は西岐が暗間の手によって自我を取り戻したときに居合わせたのだったなと思い出しながら、暗間が自分以外の者と言葉を交わしている光景に奇妙な感覚を覚えていた。そういえば二人きりではない状態でこうしてコミュニケーションをとるのは初めてのことだ。
 暗間の視線が横にずれ轟のところで止まる。

「あなたは……轟くん、ですね」

 轟は特に驚くでもなく頷く。エンデヴァーの息子ということで名を知られていることに慣れているのだろう。ただ、その後もじっと暗間の視線が当てられていることには戸惑った様子を見せる。

「似た境遇の子が近くにいるのは心強いです」

 ふわりと柔らかく微笑み語り掛ける暗間を前にして、轟が何かを詰まらせたように喉を動かした。
 相変わらず何を言っているのか分からない人だと西岐が静かに嘆息した時、揺らめく赤い光が差し込んで、階段の上からザッと靴音が響く。
 見上げた先では炎を纏ったエンデヴァーがふんぞり返るような態度で階下を見下ろしていた。
 エンデヴァーが真っ先に食いつくのは因縁の相手であるオールマイトで、腰を据えて話したいと言い放ってはピリッと空気を尖らせる。
 その後で、すぐそばに立っている西岐と、暗間を順に見て、その鋭い双眸を丸くした。

「あ、なたは……」

 エンデヴァーが食い入るように見つめるのは暗間だ。凝視するあまり足が前に踏み出し、数段とんとんと降りてくる。
 それを暗間の手のひらが遮る。こちらに来ないように、とばかりに手のひらをかざした後で、まるで口を塞ぐように己の口元に人差し指を当てて見せる。たったそれだけの仕草でエンデヴァーの口も動きも封じてしまう。

「さあ、私たちも向かいましょうか」

 何事も無かったかのように振り返り観覧席のある階段上ではなく廊下の先へと西岐を促す。

「……え、上じゃないんですか」
「間近で見たほうが勉強になるでしょう」

 飄々とした物言いで言ってのけ、階段上に向かう先生二人へ手を振ってから、運動フロアへと向かう轟と爆豪の後ろに続く。

 別の入り口からきたのか廊下の正面から、士傑高校の象徴ともいえる制帽をかぶった三人が歩いてくる。
 そのうちの一人は西岐に向かってファンだと言い放ったあの夜嵐だ。
 互いの制服が確認できる距離になるなり手をぶんぶん振りながら駆け寄ってきたかと思うと、西岐の姿を見た途端、片手をあげたポーズで固まった。数秒遅れてボンッと顔面から火を噴くように赤面する。

「イナサくん、久しぶりだあ」
「ヒッさしぶりッス……! おぼ、覚えてくれてて光栄っス!」

 甲高く声をひっくり返らせながらテンション高く返事をくれる夜嵐に目を細める。
 仮免試験から一か月も経っていないのに再会を懐かしく思うのは怒涛の日々を過ごしたからだろうか。夜嵐の挙動不審なところさえ懐かしい。

「士傑高校の制服ね、かっこいいね、似合ってる」
「そんな……そんな……あああありがとうございますっ……! れぇさんもブレザーかわいいっス!」

 西岐の言葉に耐え切れないとばかりに顔を覆い隠しておきながら、ちゃっかり開いた指の隙間から西岐を眺めてはまた身もだえる夜嵐に、轟と爆豪が隣でチッと舌打ちを鳴らす。

「ヤバ驚嘆〜〜、イケメンと講習とかマジ恐悦ーー、話題沸騰の西岐もいるとかヤバーー」

 語尾を伸ばした独特の口調と共に歩いてくる女子生徒が確か士傑の現身。

「ケミィ!! 下作である!! 士傑生たる者、斯様な者など捨ておけ!!」

 物々しい態度で歩いてくる男子生徒が肉倉、だったはず。
 どちらとも話したことのない人物で、知らずの内に西岐は後ずさりして雄英の二人の陰に入る。

「ね、ね、……あの人たちなに言ってるか分かんない」
「俺もだ」

 轟の袖を引っ張ると振り返った轟がどうでもよさそうに返す。そういえば轟にしても爆豪にしても基本的に他者と意思の疎通を図ろうとするタイプではなかった。ただ轟は押してこられる分には構わないのか現身に求められるままに連絡先を交換している。
 そこから自然と西岐も交換する流れになって、現身・夜嵐・肉倉の順に連絡先を入れていく。試しにメッセージを送ってみれば、夜嵐が打ち震えながら届いた旨を伝える。

「えっと……あの、よろしく、です」

 ピリピリとした空気を纏う肉倉まで交換するとは思っていなかった西岐が少々怖気づきつつも言葉をかけると、肉倉はその細い目をカッと見開いた。

「――かわいいッッ!」
「語彙力低下してんじゃねぇか!」

 西岐にもわかる形容詞一語を叫ぶ肉倉に爆豪のあからさまにイラついた野次が飛ぶ。

「そろそろ時間が差し迫っているのでは?」

 それまで一歩後ろに下がり黙って一連のやり取りを眺めていた暗間が、手首に巻いた時計を全員に見えるように持ち上げて指をさす。
 全員がハッとして更衣室に向けて足早に歩き始め、行き先の違う西岐と暗間だけが運動フロアに出る扉へと足を向ける。

 周囲に誰もいなくなりほんのわずかだが暗間と一対一の時間が出来た。だというのに緊張して言葉が出てこない。言いたいことも聞きたいことも山のようにあるはずなのに未整理の棚の中を探すように余計な事ばかりが浮かぶ。

「輸血をしたようですね」
「え、うん」

 ごちゃごちゃとしている思考の横から問いが向けられて、小さな子供のような返答をしてしまう。暗間は吐息だけの静かな笑いを零す。

「その後何か不調はありませんか」
「いまのところは」
「力は暴走しませんか」
「だいじょうぶです」
「そうですか」

 一つ答えるごとにふわりふわりとした柔らかな笑みに変え、一方的に質問をして満足そうに扉の内側へと入っていった。
create 2018/04/13
update 2020/03/16
ヒロ×サイtop