補講
一歩先へ



 轟がコスチュームに着替えて運動フロアに足を踏み入れると、関係者が座るために置かれているのであろうパイプ椅子に西岐が腰を下ろしていた。隣には暗間がいて、轟の視線に気づいてひらひらと片手を振る。
 暗間という男、話に聞いて想像していたよりもそう酷い人物には見えないが、手放しで善人だと思い込めるほど清廉な人物でもなさそうだ。他人の身内の問題は外から見て分かるものではない。このことは轟自身が一番よく分かっていることだがそう割り切ってしまえる問題でもなかった。
 しかし、この仮免補講に西岐まで見学にくるとは。
 基本的には他人にどう見られても気にしない質なのだが西岐に情けない姿を見られるというのはどうにも堪えがたいものがある。

 USJでの襲撃事件、ヒーロー殺しの事件、林間合宿での襲撃拉致事件、そして今回の死穢八斎會の事件、その都度、西岐が関わっては程度の差があれ負傷して戻ってくる。

「目の前でれぇが掻っ攫われても……今の俺じゃ救けらんねぇ……」

 誰に言うともなく呟いたのを、近くにいた爆豪の耳が拾い上げたらしくつられたように西岐の方を見た。

「ちっせーことで躓いてる場合じゃねえわ」

 爆豪もまた返事をしたつもりはないのだろうけど轟がそれに対して頷きで応えた。
 護りたい救けたいと思ってもその資格すらない現状ではもどかしい。今回の事件など轟は関わってすらいなかった。テレビのニュースで事件を知ってそこに西岐が関わっていると後で知ったのだ。こんな情けない話があるだろうか。
 初めは推薦で入学し、常にツートップと呼ばれてきたくせにこの体たらく。
 出来れば見られたくなかった。

『ちゃんと闘え』

 仮免試験で西岐が轟に向けて放った言葉が後ろ向きになりそうな気持ちを叱咤する。
 ちゃんと向かい合う。
 背筋を伸ばして集合の合図を待った。





 運動フロアで轟たちの補講が始まり、MC魂の疼きに耐え切れなくなったプレゼントマイクが下へ降りていってすぐ、エンデヴァーから掛けられた問いかけは『平和の象徴とは何か』だった。
 No.2ヒーローとして歩んできた、決して短くはない人生での目指していたものと挫折、そこから頂を超えるべく選んだ選択、それらが彼らしくない語り口と共に零れる。これまで届かなかったNo.1ヒーローになったことでの重圧を感じて彼が足掻いているのをオールマイトは理解した。
 どういう言葉がエンデヴァーの救いになるのか分からぬまま、オールマイトは自分が何を目指しどういう理想を描き、何を捨て、今の道を選んだのかを語った。
 エンデヴァーの置かれている現状……。世間からの声も知っている。"平和の象徴"とエンデヴァーを比較する者も多くいる。だが自分とエンデヴァーは違う。オールマイトの目指した象徴をエンデヴァーもなぞることはないと。
 君は君の思うやり方を焦らず見つければいいと。
 そういうふうに言葉をぶつけた。
 下では轟が不得意な課題を突き付けられて奮闘している。彼の頑張りや成長がエンデヴァーの気持ちに変化をもたらしたのだろうか。以前の彼ならばきっと弱気なところをオールマイトに見せることはなく、オールマイトのアドバイスに素直に耳を傾けることもなかっただろう。
 いや……恐らくは、エンデヴァーの心を砕いた一因に、あそこに座って楽しそうに補講を眺めている西岐の影響もあったに違いない。あの子にはそういう力がある。個性や未知の能力以上にひとを動かせるあの力は彼にしかない素晴らしい資質だ。

「あの子は……」

 まるでオールマイトの考えを読んだかのようにエンデヴァーが西岐に目を向けて口を開く。

「やはりあの人の子なのか」
「……さあ、……どうだろうな」

 エンデヴァーの言うあの人が誰なのか分かったうえで、オールマイトは明言するのを避け曖昧に返事を濁した。そうだと思うとも、違うだろうとも、憶測を言葉にしてしまうのは躊躇われた。憶測を言葉にしてしまうとそれを形にしてしまう力が働く気がするのだ。
 それに、単純にそこに親子関係があるだけの話とも思えなかった。きっともっと複雑な何かが彼らにはあるのだろう。
 オールマイトの返答をあまり期待していなかったのかエンデヴァーは視線を西岐の方に投げ出したまま、ふうと息を吐いた。

「あの子は……俺をキラキラした目で見てくる。一目で憧れてくれているのが分かる目だ。ああいう目を向けられるというのは……俺はそうない」
「……うん」

 威圧的な態度、ユーモアのなさ、見た目からくる恐ろしさ、どれをとっても『子供に好かれる人気のヒーロー』ではない。勿論彼もヒーローだ、ファンは多くいるが純粋な憧れで目を輝かせるようなファンはあまりいなかっただろうことは想像に難くない。
 オールマイトとて西岐のあのキラキラした目に晒されるとドキドキした気持ちが湧くのだから、エンデヴァーが戸惑いを抱くのも無理はない。

「ああいうものを……護りたいと思えば、少しは間違っていないのではないかと……時々過る」
「間違ってないさ」

 なんだ、分かっているのではないかと思いながら頷く。
 目的を見失っていないのなら大丈夫だ。
 オールマイトは誰よりもエンデヴァーという男の強さを知っているつもりだ。二十五年もの間、No.2の座に座り続け、常に頂へ上がろうともがき、事件解決数史上最多という記録を持つほどの男なのだから。
 彼の目指す象徴がどういう形になるのかを思い描きながらゆるりと笑みを零した。
create 2018/04/13
update 2020/03/16
ヒロ×サイtop