雄英高校
更衣室 入学初日、初めて足を踏み入れた教室に居たのは不躾な男と、妙な空気を纏う男だった。
その妙な空気を纏った彼は涙で濡れた顔をゴシゴシ擦っては、初対面の轟からススっと距離を置いた。
泣いた顔を見られたくなかったのか、人見知りをしたのか。
開いた距離になんとも言えないモヤモヤを味わう。
チャイムが鳴った。
なにやら寝袋に包まっている男が教室に入ることもなく生徒に向けて話している。どうやらあの芋虫のような男が担任らしい。寝袋から脱皮しながら生徒にジャージを差し出している。着替えてグラウンドに出ろと。
あんなヒーローは見たことがないなと思っていると斜め後ろから『相澤せんせ』と小さな声が聞こえて、その声はほんとに小さな呟きだったのに呼ばれた相澤はしっかり西岐に視線を向けた。
今の流れ。
二人は知り合いなのだろう。
何故か消化不良を起こしたような胸の不快感があった。
彼に会うのは今日が初めてなのに。
体操服を受け取りに向かう轟のすぐ後ろをひょこひょこと歩いてくる西岐をやたら意識してしまう。
「わあ、雄英のロゴ……」
受け取った体操服を見て西岐が感嘆の声を漏らす。
振り返ってしまった自分を不思議に思う。一挙手一投足、いちいち気になってしまう。魘されていたところを目撃したからだろうか。それとも爆豪というクラスメイトがちらちらと伺っているのが分かるからだろうか。
「西岐だったか、名前」
「え……うん。あ、えっと」
「俺は轟焦凍。更衣室こっちだから」
名前を確認しあいながら、更衣室と反対に足を向けそうになっている西岐の腕を引っ張る。
なんとなく放っておけないからかもしれない。
流れで一緒に更衣室へ向かう形になる。
「さっき魘されてたけど平気なのか」
「えっ? あ、うん、大丈夫。なんの夢見てたのか忘れちゃった。でも恥ずかしい……」
西岐は気まずそうに体操服で口元を覆った。さっき袖でこすったせいで頬が赤くなっている上に、ふにゃふにゃした口調のせいで本当に大丈夫なのかよく分からない。
「あ……の、さっきいた人なんで怒ってたんだろ?」
それは爆豪のことだろうか。
集団の先頭を行く爆豪の背中を遠くに見て、轟も理解不能と首をひねる。
「さあな、情緒不安定なんだろ」
「そっかな、そっかぁ……」
適当に言葉を投げると西岐はそれで納得してしまった。
更衣室。
各々がロッカーの前で手早く着替える。
更衣室なうえ男ばかりだ。遠慮なく脱いで当たり前なのだが轟は見てはいけないものを見てしまった気分を味わう。
西岐がシャツを脱ぐと想像以上に華奢な体が目に飛び込んできた。鍛えてはいるようで薄っすら筋肉がついていてガリガリとまではいかないが、タンクトップが這う身体のラインは細い。
躊躇いなくスラックスを脱ごうとする仕草に思わず目をそらした。
いや、躊躇う意味も目を逸らす理由もあるはずがないのだが。
逸らした視線の先で轟同様、西岐から目を逸らした者・しっかり見て頬を染める者が何人もいて、轟はロッカーのドアを叩きつけるように閉めた。
その大きな音に弾かれるようにそれぞれの意識が西岐から離れる。
「わ、びっくりした……」
しかしそのせいで西岐の動きも止まってしまったようだ。
声に振り返って、ズボンを履ききる前の西岐をしっかり見てしまった。
顔面が、耳が、燃えるように熱くなる。
「よいしょっと。とどろきくん、着替えるの早いね。……とどろきくん?」
本人は至って気にも留めず着替えを続行し終え、固まってしまった轟を伺う。
「西岐、ほっといてやれ。轟は今己と戦ってんだ」
ブドウのような頭をしたクラスメイトの言葉が妙に核心をついていた。
create 2017/10/02
update 2017/10/02
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