補講
正しい子供の手懐け方 運動フロアに飛び込んできた子供たちを見て西岐は圧倒されていた。
随分とマセ……いや、擦れた思考のお子様たちだ。
轟・爆豪・夜嵐・現身に与えられた本日の課題は"彼ら"と心通わせてみよとのことだった。なかなかにふわっとしていて難しそうな課題である。
登場して間もなく子供たちは轟たちを翻弄していく。
感情の沸点の低い爆豪は何をされるという前から喚き散らしては別にビビられるわけでもなく同じレベルでやり合っているように見えるし、轟は子供ならではの単語連発に対して真面目過ぎる返答をして『つまんね』と一蹴されているし、現身は男子のハートは鷲掴めるもののそのせいで女子には圧倒的に嫌われてしまうし、夜嵐は鷹揚に構えて子供たちを受け止めそうに見せかけて子供たちのズバリな指摘に繊細にもハートブレイクしてしまった。
ただし大変なのは当事者で、見ている方は可笑しくて仕方のない光景だ。なにせ敵は小学生なのだ。翻弄されっぷりが……ただただ愉快。
爆豪が壁に寄り掛かって一番しれっとしている子供に胸を指さしながら『ま、響きませんよね』と分かったようなことを言われているのを見て肩を震わせ、轟が腰にぶら下げている救護用具を『チンコ』呼ばわりされたうえ『五本のチンコを持つヒーロー"ゴチンコ"』にされているのを聞いた日には堪えきれず噴き出してしまった。
子供たちにどれだけ揶揄われても気にならない様子だった轟が、こちらに気付いてカァッと頬を赤く染める。
「ご、ごめん……ッ……――〜〜っ、ダメ、おかしい……」
恨めし気な視線に晒されながらも堪えようとした笑いが逆流して西岐はテーブルに突っ伏した。
隣では暗間も、公安委員会の目良も、他の職員もしれっとした顔で眺めている。これを笑わずに眺められるなんて物凄い鋼の精神だ。プレゼントマイクの実況だけがひたすら熱く盛り上がっている。
結論から言えば轟たちの今日の課題は成功に終わった。
個性のぶつけ合い、ガチバトルに発展した末に子供たちの個性をあしらい、競技場内にオーロラを出現させ、風で舞い上げ、轟の氷で作り上げた巨大滑り台で子供たちが楽しげに滑って遊んでいる。
物凄く素晴らしい光景だ。
しかし西岐の頭の中は直前に見た『マボロキくん』でいっぱいだった。
現身の個性で現れた轟の幻なのだが、少女漫画バリに花を背負いそうなキラキラとした顔で『オイオイ、君の可愛い顔が見てぇんだ。シワが寄ってちゃ台無しだぜ』と言い放ち女子児童の心を鷲掴みにしていた、あれだ。
「やだおかしい……マボロキくんっかっこいい」
「れぇ……」
「かつきくんなんもしてない……っ」
「くそ根暗……」
笑いをこらえるのが苦しい。涙が滲む。みんなを見るのが辛い。
「案外、笑い上戸なんですねえ」
しみじみとした呟きが隣から聞こえた。
課題クリアとなって補講が終了し、爆豪の爆破で砕かれた氷をみんなで片付け始める。なるほど爆豪はここで活躍する予定だったのかと改めて肩を震わせた。
「おい、くそ根暗、あとで覚えてろよ」
ぎろっと鋭い視線が向けられて慌てて表情を取り繕う。
公安委員会の方も撤収作業に取り掛かり始めて片付けられていくテーブルと椅子から西岐が離れたところで、不意に目良から声が掛けられた。
「仮免試験トップ通過の君ならどう手懐けるのか見てみたいですね」
「え……俺?」
職員、補講生、ギャングオルカまでもが西岐に注目した。
これは全員の注目を浴びながらやれということなのだろうか。そんな話聞いていない。
きゃっきゃっと楽しげに後片付けしていた子供たちが西岐の方を振り返る。これまで割と近い距離に座っていたのだが今初めて存在に気付いたとばかりに視線が当てられた。
子供ならではの無遠慮な視線に晒されて、轟たちのことを笑った罰かもしれないと思っていると、急に子供たちが甲高い悲鳴のような声を発した。
「西岐っ!? ヒーロー殺しの!!!」
「体育祭優勝してただろ!!!」
「すげええつええよなああああ!!!」
西岐の名と顔はこんな子供達にまで知れ渡っていたらしい。物凄い声を発しながら西岐を取り囲み、抱き着いたり引っ張ったり背中に乗っかったり膝を蹴ったり手を繋いだり突然名乗り始めたりしてくる。勝手に懐いてくる子供たちにたじたじになって飲み込まれていく。
「こういうのって天性の才能みたいなのがありますよねぇ」
「なんもしなくても何故か絶大に子供に好かれる人っていますよねぇ」
暗間と目良ののほほんとした会話が背後から聞こえる。
「急に引っ張んないでね、俺こけちゃう」
「あれ……案外よわっちいぞ」
「なんだこいつ……かわいいぞ」
「くっそ根暗!! ガキに舐められてんじゃねぇぞ!」
子供たちに翻弄されている西岐を見て爆豪が本日最大の爆発を見せた。プレゼントマイクから『お前が言うか』というツッコミが入ったのは言うまでもない。
後片付けそっちのけで西岐に纏わりつく子供たちとそれに憤慨する爆豪とその他諸々の騒ぎを、他人事のように眺めていた暗間に今度は声がかかる。
「私はあなたのお手本も見てみたいのですが」
「え……私? ですか?」
「後学のために是非」
目良の言葉に暗間はしばし考える素振りを見せた。西岐にちらりと目を向ける。顎に指を引っ掛けて考え込んだ末に頷く。
「いいでしょう」
顎に当てていた手を放し、手のひらを天井に向けた形で子供たちに指先を向け、クンと折り曲げる。
その場にいた者たちの中から"子供たち"だけが宙に浮きあがった。補講生も大人もすぐ近くに佇んでいたというのにそのまま床に足をつけている。勢いよく浮上する身体に子供たちが恐怖の色を浮かべて悲鳴を上げる。
「さあ……、きちんとご挨拶できた子から、帰りましょうね」
にっこりと、柔らかく微笑む暗間の姿は、威圧的な言葉を放つギャングオルカやエンデヴァーよりもはるか上を行く迫力があった。
create 2018/04/13
update 2020/03/16
ヒロ×サイ|top